台湾の旅(2):歴史
台湾の歴史は比較的浅く、400年そこそこである。起源を南方とする先住民族が暮らしていたが、16世紀には漢人が福建省を中心に中国大陸から移り住むようになり、先住民は同化していった。1624年にはオランダ人の統治が始まる。台南を本拠地とし、鹿の皮を中心に買い付けを行い、それを東南アジアや日本へ売る、いわゆる三国貿易として栄える。当時のオランダ人が残したものとしては、レンガやレンガ建造物の造り方、外来種の動植物(牛、パパイヤ、ジャガイモ)などといわれている。
1661年、オランダの38年間の統治は、明の遺臣、鄭成功に取って代わる。鄭成功は満州族によって倒された明国の再興を目指したが、3代22年で清国に倒される。清国統治下でも、鄭成功は漢人住民の間で英雄として崇められ、彼を祀った廟(当時は開山王朝、現在は明延平郡王祠と呼ばれている)が今でも残る。
その後、清国統治の台湾は、日清戦争を経て1895年に日本へ割譲され、日本統治の時代を迎えた。日本の統治では、縦貫鉄道の建設、各地の治水工事、教育機関の拡充などの社会インフラの整備が進んだ。その一方、植民地統治のひずみによる抗日事件や、2等国民としての不平等な扱い、太平洋戦争での空襲による甚大な被害などは忘れてはならない側面である。
1945年日本の敗戦により、台湾は蒋介石率いる中華民国国民党政権の支配化に入った。台湾住民は、日本に戦勝した国民党政府を歓迎した。しかし、国民党政府の規律の悪さ、賄賂の横行、教育レベルの低さ、重税などのさまざまな理由でフラストレーションを高めていき、1946年の2・28事件が勃発した。1987年に戒厳令は解除され、翌年に李登輝が台湾人として初めて台湾の元首となり、台湾での真の民主化が始まったといれる。
国民党政府の時代には、反日教育が行われていたにもかかわらず、親日感情を持つ台湾人が多いようである。日本統治の時代に、さまざまなひずみはあったものの、社会インフラの整備、統治の良さ、組織内の規律、役人の順法精神などを高く評価しているようである。
今日、企業運営で声高に叫ばれている企業の社会的責任(CSR)や企業統治(ガバナンス)が高い質(比較の問題であるが)で行われていたといえるのではないだろうか。



