リバークルーズ紀行「ヨーロッパ横断3,500km」:バッハウ渓谷とウィーン(オーストリア)

Cimg0839 船はリンツを朝2:00出港、8:30メルク(Melk)にさしかかる。ここからクレムス(Krems)までの35kmはバッハウ渓谷(Wachau Valley)と呼ばれ、ドナウ川で最も美しいところといわれ、世界遺産に登録されている。なだらかな丘陵のぶどう畑や古城、要塞教会、民家が点在している。景観を損ねないためか、橋が一本もなく渡し舟(フェリー)が代替している。船で1時間半をかけてのクルーズである。天気にも恵まれ最高。クレムスを過ぎバッハウ渓谷が終わっても、あと10分、あと5分と余韻に浸り、結局1時間ほどだらだらと甲板でのひなたぼっこクルーズを楽しんだ。

Cimg0842 やがて船は13:00ウィーンの郊外トゥルン(Tulln)へ入港、40分ほどのバス乗車でウィーンへ。バス観光後、徒歩で大聖堂、シュテファン寺院、モーツアルトの住居を訪れる。その間、船はウィーンへ入港。

船にて夕食後、コンサートホールで夕べのコンサートを聞く。モーツアルトやシュトラウスの曲目、もちろん「美しき青きドナウ」も演奏される。典型的な観光客向けのコンサートである。

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リバークルーズ紀行「ヨーロッパ横断3,500km」:ザルツブルグ(オーストリア)

Cimg0722 レーゲンスグルグを朝3:00出港、8:00ストラウビン(Straubing)入港。地名に“ING”が付くのは古代ローマ時代の由来を示すそうである。ストラウビンで下船、バスにてザルツブルグ観光。

本来はパッサウ(Passau)8:00入港、リンツ(Linz)14:00入港、下船、徒歩観光の予定であったが、数日来の雨によりドナウ川の水位が高くなり、ストラウビン近くのデッゲンドルフ(Deggendorf)近くの橋の通過が困難になった為、スケジュールが急遽変更された。お詫びとして、船側から一人15ユーロ(2,000)を昼食代として支給される。

Cimg0762 農地が左右に広がる景色を見ながらの2時間半のバスドライブである。国境の街パッサウ(Passau)を過ぎてオーストリアに入る。出入国検査の名残をとどめる国境検問所の跡をノンストップで通過、EUの国境がすでになくなったことを実感する。

ザルツブルグ(Salzburg)への途上、小さな街オーベルンドルフ(Oberndorf)にテクニカルストップ。クリスマスソングの代表作となった「きよしこの夜」(Silent Night)はこの街で生まれている。教会のオルガンがこわれたのが不幸中の幸いでこの歌がうまれた。この街の神父の作曲、小学校の先生のギター編曲である。

Cimg0805 ザルツブルグは人口15万人の都市、モーツアルトの生誕地、そして映画「サウンド・オブ・ミュージック」のトラップ家の地として有名。旧市街は世界遺産に登録。名前が示す通り塩(salt)を産出し、ドナウ川でヨーロッパ諸国へ搬出した。アルプスのふもとに位置し、大小合わせて49ヶの湖が点在する。エーデルワイスとビールも有名。

ミラベル宮殿と庭園、モーツアルトの生まれた家、大聖堂、トラップ家が逃亡する際に隠れたといわれるペータース墓地などを散策。雷雨に出会い、大聖堂で1時間ほど雨宿り。

ザルツブルグからは、停泊港であるエンゲルハルツェル(Engelhartszell)へ向け、再び2時間半のバスドライブ。乗船後、18:30出港、21:00リンツ(Linz)入港。

ウィーンでクルーズを終了する乗客が半数ちかくおり、また船長をはじめ乗組員も何人か代わるので、船長主催のさよならパーティーとディナーが行われる。皆、おしゃれ着で出席、シャンペンといつもより上等銘柄のワインを提供される。

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リバークルーズ紀行「ヨーロッパ横断3,500km」:レーゲンスブルグ(ドイツ)

Cimg0647 船は分水嶺を通過した後、マイン・ドナウ運河をさらに航行、23:00リーデングルグ(Riedenburg)入港、翌日6:00出港。8:30ケールハイム(Kelheim)の街でドナウ川に合流、12:00レーゲンスブルグ(Regensburg)入港。昼食後、レーゲンスブルグの街を徒歩観光。

レーゲンスブルクへの航行の途上である。朝食後、甲板に上る。ふらっと立ち寄ったつもりが、1時間以上も椅子にもたれ、のどかな田園風景にボーと見とれる。

Cimg0648 ドイツ国内最後のクルーズの記念であろうか、昼食はバイエル(Bavaria)風と称して、ソーセージ、豚肉中心でホワイトビールが良く似合う食事である。

レーゲンスブルグは人口15万人、バイエル地方で4番目の都市。第二次世界大戦の戦禍をまぬがれ、中世の町並みを残す都市として2006年に世界遺産に指定される。12世紀に架けられた石橋、歴史を刻む石畳、大聖堂、富豪商人の塔形住居、1663-1806年常設のドイツ帝国議会会場、18世紀に建てられたトゥルン・タクシス城など見所いっぱいである。

Cimg0710 話は大きく変わるが、世間は狭いものである。今回のクルーズ参加者のある日本人が自宅の近くで英語の個人レッスンを受けている。英語の先生は英国人で、日本に20年以上も住んでいる。その英国人の両親も今回のクルーズの参加者であることがふとしたきっかけでわかった。さらに、お互いの孫同士(日本人参加者の孫と英語教師の子供)が小学校で一緒。話しているうちに、偶然にもそんなことがわかったそうである。

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リバークルーズ紀行「ヨーロッパ横断3,500km」:ニュルンベルグ(ドイツ)

Cimg0597 ロックを4:00出港、8:30ニュルンベルグ入港。朝食後、半日の下船観光。

ニュルンベルグ(Nurnberg)50万人の人口を擁し、バイエル州第2の都市。第二次世界大戦で街の90%近くが破壊されるが、中世の面影を残す城壁の街に復興される。ガイザーブルク城をはじめ、中世の建築物が多い。ガイザーブルク城は神聖ローマ帝国皇帝の居城として作られ、第一回皇帝会議も開かれている。

Cimg0573 ニュルンベルグはナチスの党大会が開かれた場所としても有名。ナチスはこのためにローマのコロシアムよりも5割ほど大きい、5000人を収容できるコロシアムを建設。ニュルンベルグ裁判が行われた地でもある。国際軍事裁判所がニュルンベルグ法廷で第二次大戦のドイツ主要犯罪人22人に対して行った裁判である。

細くて小ぶりのソーセージ、ニュルンベルグ・ヴュルストヘン(Wurstchen)や独特の味のお菓子、レープ・クーヘンも有名である。

観光中に船はロス(Roth)まで航行。13:00ロスにて乗船、出港。マイン・ドナウ運河をさらに航行する。14:30最後の上昇閘門ヒポルトステイン(Hipoltstein)に入る。高低差25mの、マイン・ドナウ運河で最も大きな閘門である。最高地点1,330フィート(405m)の分水嶺を15:00通過。コンクリートのモニュメントが置かれている。

Cimg0636 船長がキャビンの屋根に登り、お祝いのシャンペンをデッキの客に振り掛ける。のんびりとした田園風景の中、航行を続ける。甲板にいるととろけていまいそうである。

マイン・ドナウ運河に入ってから閘門の高低差が大きくなってきている。ライン川ではオランダに閘門が2ヶ所、その高低差はほとんどない。マイン川に入り閘門は計34ヶ所、高低差10-20フィート(3-6m)、それに対し、マイン・ドナウ運河の分水嶺近辺の閘門は60-80フィート(18-24m)と高低差が大きい。大工事を伴なった運河であることを実感する。

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リバークルーズ紀行「ヨーロッパ横断3,500km」:バンベルグ(ドイツ)

Cimg0506 本日からクルーズの旅も2週目にはいる。船はグラッハシャウセン(Gerlachshousen)に夜中の24:00入港、朝6:00出港、マイン川が終了するハスファート(Hassfurt)12:30入港。ハスファートから今日の観光地バンベルグ(Bamberug)へバスで向かう。船はその間バンベルグへ航行を続ける。

フランケン地方はワインとビールで有名である。ビール工場は最近まで10ヶ所あったそうである。その中心地バンベルグは第二次世界大戦の戦火を免れた数少ないドイツの都市である。中世の町並みとバロック様式がたくみに調和し、世界遺産に登録されている。川の中に建てられた旧市庁舎や大聖堂を徒歩観光する。

Cimg0536 船に18:00乗船、ただちに出港、ロック(Lock)へ航行を続ける。バンベルグからはマイン・ドナウ運河に入る。

シェーバーの刃のフォイル部分が破損したため、バンベルグのデーパートで探す。ドイツ製のブラウンのためか、フォイルの換えはあった。まずはひと安心のショッピング。

リバークルーズ船は長いのが特徴である。この船も全長110mあるが、貨物船は100m級が普通のようである。高さと幅が制限されているためであろう。

Cimg0482 ライン川とマイン川は内陸航路が活躍しているが、鉄道輸送も健在のようである。ライン川に平行して両側に鉄道が走り、30両前後の貨車がつながれている。車だけをのせた30両ほどの貨車が走っているのを見るのは爽快である。マイン川でも片側であるが鉄道が走り、長い貨車を頻繁に見かける。

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リバークルーズ紀行「ヨーロッパ横断3,500km」:ローテンブルグ(ドイツ)

Cimg0366 朝方4:00にステインバッフを出港、8:00カールスタッドに入港。バスにて1時間ほどマイン川から離れたローテンブルグ(Rothenburg)に到着。

カールスタッドからローテンブルグに向かう途中はフランコ地方と呼ばれ、ワインの生産地として有名である。マイン川の水と日当たりの良い丘陵地はぶどうには最適の地で、フランスよりワインの醸造を学んだそうである。山の斜面にひろがるぶどう畑は壮観である。

Cimg0418 ローテンブルグはヴュルツブルクとフュッセンを結ぶロマンチック街道350kmのほぼ中央に位置し、ロマンチック街道観光のハイライトのひとつである。中世の面影を残す城壁都市で、ウォルト・ディズニーが彼の作品にアイデアを拝借したといわれている。最初の城壁ができたのは12世紀で、自由都市として17世紀の30年戦争まで栄えた。城壁上の散策、街中の散策、そして昼食はソーセージ料理とホワイトビール。

ローテンブルグ観光中に、船はカールスタッドからヴュルツブルグへ航行。そこより乗船、16:00グラッハシャウセン(Gerlachshousen)へ向け出港。

Cimg0415 ドイツの地名の下にブルグ(burg)やベルグ(berg)を多く見かける。ちなみに、ブルグは砦、ベルグは山、タールは谷、シュタットは町、ドルフは村を意味するそうである。また、アウ(au)は低いを意味し、ドナウ(Donau)やこれから訪れるバッハウ(Wachau)渓谷はこれに由来する。

リバークルーズの豪華なところのひとつは、船内レストランでの食事ではないだろうか。夕食は19:00から。外はまだ明るく、川沿いを散歩する人、つりをする人、あるいは家並みや田園風景といった次々と変わる風景を楽しみながらの食事。前菜から始まり、スープ、メイン、デザート、コーヒー紅茶のフルコース。それにワイン、ビール、その他の飲み物付である。これだけすばらしい環境で、これだけの食事を、ちょっとおしゃれをして楽しむのもリバークルーズの醍醐味であろう。

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リバークルーズ紀行「ヨーロッパ横断3,500km」:ミルテンベルグ(ドイツ)

Cimg0257 船は人口1万人弱の小さな街ミルテンベルグに朝5:30入港。朝食を済ませて街中を散策。

ミルテンベルグ(Miltenberg)12世紀、神聖ローマ帝国皇帝フレデリック・バーバロッサが定期的に立ち寄った街として有名。その後、商人の中継地として栄える。古い木組みの家々が立ち並び、写真写りの良いキュートな街である。小高い丘にあるミルテンベルグ城から、美しく湾曲したマイン川を一望する。初夏の日差しがちょっとまぶしいのどかな散歩であった。

Cimg0311 船は11:00に出港、マイン川クルーズである。マイン川沿いの橋は低いので一部の甲板への出入りは禁止。マストも倒され、甲板の手すりも取り払われ、操舵室もさげられる。昼食後、出入りの許された甲板にふらっと立ち寄ったが、景色のすばらしさにデッキチェアーでしばらくくつろぐ。気がついたら2時間以上が過ぎていた。日差しの強さにデッキを退散。ラウンジでティータイムをしながら身体のほてりをさます。

途中、かなり低い鉄道の橋が迫ってきた時のことである。操舵室が這いつくばるように下げられ、船長の頭が操舵室の屋根からとびだしていた。計算通りであろうが、橋の通過はヒヤッとする程ギリギリであった。

Cimg0346 川岸のいたるところにオートキャンプ場があり、キャンピングカーとテントが所せましと居をかまえていた。別荘としてのキャンピングカーの人気が高く、週末や夏の休暇を自然と過ごすようである。

エイヘル(Eichel)などの閘門を何箇所か通過、21:00にローア(Lohr)へ入港。しかし、なにかの手違いで接岸停泊できず、つぎのステインバッフ(Steinbach)閘門を過ぎたところで停泊する。あたりは一面の麦畑、家一軒なく、麦の香りだけが漂う場所であった。

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リバークルーズ紀行「ヨーロッパ横断3,500km」:フランクフルト(ドイツ)

Cimg0216 リューデスハイムを昨夜出港、マイン川がライン川と合流するマインツを通過、マイン川に入る。朝7:00フランクフルト入港。朝食後、市内観光。

人口68万人を擁するフランクフルトはドイツで5番目の都市。金融、商業の都市として栄える。欧州中央銀行の本部もあり、ヨーロッパ金融の中心地である。これは、ユダヤ金融業者の一族ロスチャイルドの出身地であることが多分に影響している。住民の三人に一人は外国人といわれており、世界中から人があつまっている。日本人の居住としては、デュッセルドルフに次いで2番目に多い。

Cimg0219 ビールが最もポピュラーな飲み物で、1300件のビール醸造元がある。劇場も数多くある。ちなみに、世界で劇場の数の最も多いのはイタリアでもフランスでもなくドイツであるとのことである。寿司が最近人気の料理で、中華料理店でも寿司をメニューに入れているところも多い。スーパーでも持ち帰りの寿司が売られており、ちょっとした詰め合わせで6-7ユーロ(900円前後)

昼食は船に戻らず、ソーセージ入りのパンを買って道端のベンチで食べる。デパートの立ち並ぶツァイル(Zeil)通りをウインドショッピング。その後、ゲーテハウスを訪れる。徒歩で船へもどる。

Cimg0247 船はフランクフルトを18:00出港。街中を流れるマイン川のクルーズである。両岸には高層ビルが林立、しばらくいくとアパート群、森林公園、閘門、そしてまた郊外のアパート群。川岸では人々がジョッキング、ローラースケート、自転車、散歩、ベンチでの歓談を楽しんでいるのが良く見える。船のスピードは遅く、自転車やローラースケート、時として自転車が並走してくれる。

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リバークルーズ紀行「ヨーロッパ横断3,500km」:ボッパルドとリューデスハイム(ドイツ)

Cimg0122 船は途中ボッパルド(Boppard)に9:30入港。まず、チェアーリフトで小高い丘にのぼり、ライン川が大きく湾曲している景観を楽しむ。その後、街中の徒歩観光。西暦4世紀前半に建てられたローマ時代の要塞の一部が今日も残っている。

ロマンチックラインのクルーズ後、本日の最終到着地であるリューデスハイム(Rudesheim)に16:00入港。ブレムザー館(児童演奏楽器コレクション)やブレムザー城(ワイン博物館)を見学、ワインレストランやカフェが立ち並ぶ街中を散策。

Cimg0208 6時間のクルーズ観光、2箇所の街の徒歩観光と盛りだくさんの一日であった。

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リバークルーズ紀行「ヨーロッパ横断3,500km」:ロマンチックライン(ドイツ)

Cimg0112_2 ケルンを昨夜23:00に出港、ボンを通過し、朝7:30コブレンツ(Koblentz)に入る。ここからリューデスハイムまでの全長66kmはロマンチックラインのクルーズである。

前日の平野部とちがい、ライン川は丘陵地帯を流れ、両側にはぶどう畑が広がり、丘の上には古城が計24ヶ点在する。ローレライいの岩山や峡谷もこの一部分である。空は快晴。甲板の椅子にもたれ、ビールを飲みなからの昼食、そして古城観光、最高である。途中のボッパルド街の下船観光を除いても6時間のロマンチックラインのクルーズ観光である。

Cimg0163 20年程前にフランクフルトを訪れた際に、日曜日を利用して半日のツアー観光に参加した。それには1時間程のリバークルーズが含まれており、甲板でビールを飲みながらの古城観光の快適さが忘れられずにいた。いつか再びと思いつつ、今回やっとその夢がかなったわけである。しかも、これでもかこれでもかの6時間クルーズである。

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リバークルーズ紀行「ヨーロッパ横断3,500km」:ケルン(ドイツ)

Cimg0056 船は昨夜遅くドイツに入り、内陸港として世界一大きいデュイスブルク(Duisburg)や商工業都市デュッセルドルフ(Dusseldorf)を経て、12:00ケルン(Koln)に到着。

午前中は、デッキから牧歌的な田園風景を楽しむが、風の冷たさに身体が冷え切ってしまい、船室へ退散。昼食時、船内レストランで接岸する様子を見学。外出の用意に部屋へもどってびっくり。わが部屋のある側が接岸されており、窓は一面の岸壁。洞窟あるいは岩牢にとじこめられた感じである。その一方、船の反対側にはもう一隻が接岸され、反対側の客室からも外の眺望はさえぎられるといった具合である。リバー船の宿命であろう。

Cimg0086 昼食後、ケルンの街を徒歩観光する。壮大なケルン大聖堂を訪れる。その後、カフェに立ち寄り、ライン川沿いの公園を散策、船に戻る。

ケルンは商工業で栄えるドイツ4番目の都市。全長1,320kmのライン川のほぼ真中に位置し、川幅は400mある。人口100万人を擁する。

ローマ帝国の時代、ケルンはローマ帝国の植民地。ケルン(英語読みではコロン)の名前も植民地を意味するコロニア(Colonia)に由来する。今でも地中400mからローマ帝国時代の遺跡が数多く発掘されている。8-16世紀はヨーロッパの交通の要所として、ライン川貿易都市として栄える。19世紀まではドイツで最大の都市であった。その隆盛はポルトガルやスペインの新大陸との貿易に取って代われ、ケルンは工業都市に移行する。

Cimg00932次世界大戦には戦災を受け、ケルンの建物の90%は喪失する。しかし、奇跡的にケルン大聖堂は戦災を免れる。ケルン大聖堂はドイツ最大のゴシック様式の教会。1248年に着工し、63年の歳月を費やし1880年に完成する。

ケルンの物価はまあまあであろうか。例えば、330mlのビンビールの小売価格1.4ユーロ(200円弱)、同じビールをカフェで飲むと2.4ユーロ(340)といった具合である。

ケルンには展示会で10数年前に訪れている。ケルン大聖堂も訪れているが、印象が今ひとつであった。やはり、ビジネスと観光では大違いである。

夕食は特別にサンデッキにて。道行く人々を眺めながらの食事である。19:00を過ぎても太陽がさんさんと照っており、午後の遅い昼食といってもおかしくない感じである。

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リバークルーズ紀行「ヨーロッパ横断3,500km」:アムステルダム(オランダ) – 続き

Cimg0034 アムステルダムに代表されるオランダは自転車王国でもある。一人当たり2台以上の自転車を保有し、20%以上が交通の手段として使う。自転車専用道路もあり、そこでは自転車は歩行者よりも優先される。

アムステルダムにはコーヒーショップとカフェーがある。まぎらわしいが、カフェーはコーヒーなどの喫茶を楽しむ店であり、コーヒーショップはマリファナ(大麻)を楽しむ店である。オランダは大麻の喫煙が許されている数少ない国である。最近の調査によると、20-24歳の若者の60%に大麻の経験がある。しかし、中毒になることはなく、30歳を過ぎるまでにはほとんどの若者は大麻をやめている。大麻の喫煙を合理化しない場合は、悪質で高価なものが出回り、犯罪の温床にもなりやすい。また、合法化されることにより、大麻を喫煙するという反体制的な行為自体が意味を失うことにもなる。大麻を吸う若者同士も陽気なコミュニケーションをするようになり、犯罪防止にも一役かっているようである。

Cimg0045 さらに、オランダで合法化されているものに、飾り窓の職業がある。いわゆる赤線地帯がアムステルダムの一角で合法化され、客商売として営まれている。これ以外でも、自然死、同性同士の結婚の合法化など、いわゆる世界でタブーとされていることをいち早く合法化するといった、因習にとらわれない気質があるようだ。これがオランダの文化にも色どられている。

船へもどり昼食をとっている14:00頃、船は音もなく静かにアムステルダムを出港。これから4週間近くの航行を祝って、華々しく汽笛をならしての出港かと思いきや、拍子抜けするほどの静かな出港であった。

Cimg0043 船はまさに運河そのものを航行する感じである。水面に近い船室からは土手が見えるだけだが、デッキからの眺めは広々とした牧場がどこまでも広がっていた。オランダの国土が水面より低いのをあらためて実感する。ヴェイク・ベイ・デュールステッデ(Wijk-bij-Duurstede)を過ぎるとライン川に入る。いつの間にかネイメヘン(Nijmegen)を過ぎ、ドイツに入る。外もだいぶ暗くなってきた。

船内では船長主催のウェルカムパーティーそしてウェルカムディナー。ちょっとおしゃれな服装で参加する。

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リバークルーズ紀行「ヨーロッパ横断3,500km」:アムステルダム(オランダ)

Cimg0010 成田からウィーン経由でアムステルダム(スキポール)空港に到着、今回のクルーズ船リバーダッチェス号が停泊するアムステルダム港に向かう。鉄道のアムステルダム中央駅のすぐ裏側がアムステルダム港である。夜の9時頃に到着。船で夕食後、就寝。翌日はアムステルダムの半日観光である。

人口1,500万人を擁するオランダの首都アムステルダム。13世紀にアムステル川にダムを築いたのが名前の由来といわれている。160本の運河と2,100個の橋が張り巡らされており、緑の多い美しい街である。今までアムステルダムを数回訪れているが、いずれも11月から2月の間で、空には雲がたちこめており、暗くて雨が多く、木枯らしの吹きすさむ、寒々とした印象を持っていた。今回はまったく違い、光まばゆく、明るい街の印象である。

Cimg0015 国立美術館で「夜警」やその他のレンブラント作品、フェルメール作品などを鑑賞する。以前にも訪れ、同じ作品を見ているが、今回はガイドの説明入り。時代や画家の背景の説明もあり、理解と興味がさらに高まる。その後、レンブラントが散策したポルダー地区を訪問、レンブラント像と風車を背景に写真撮影。典型的な観光客になりきる。

船の停泊地の真向いにアムステルダム商工会議所の建物がある。ここには2-3回ビジネスで訪れたことがある。まさか、ビジネス以外でこの地を訪れようとは夢にも思わなかった。(続く)

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リバークルーズ紀行「ヨーロッパ横断3,500km」:マイン・ドナウ運河

20097_661 ヨーロッパ大陸の地図を広げてみるとわかるが、北海からライン川を上っていくと、マインツで支流に別れマイン川となり、ドイツ中部のバイエルン州を流れる。沿岸にはフランクフルトなどの都市がある。ドナウ川はドイツ南西部に発して東方に流れ、ウィーンなどを経て黒海に注ぐ全長2,860kmの大河である。このライン川(マイン川)とドナウ川を運河で結ぶことによって、北海から黒海までの航行が可能になる。

このマイン川とドナウ川を結ぶ運河はルードリッヒ運河とよばれ、旧式ながら1940年代まで使われていた。しかしながら、鉄道との競争にやぶれ、凋落の道をたどっていた。そこで、大型蒸気船を通す運河に改良すべく、1921年ドイツ帝国議会で新運河計画が決定された。

20097_517 まず、1926年から62年までマイン川部分のアシャフェンブルグ(Aschaffenburg)からバンベルグ(Bamberg)までの297kmの運河化が行われ、水深3mの水路と27基の閘門を建設した。1950年からはオーストリアと共同で、ドナウ川部分のケルンハイム(Kelheim)からパッサウ(Passau)までの209kmの運河化が行われた。残されたマイン川とドナウ川のバンベルグ・ケルンハイム区間171km1960年から工事が始まり、1992年に完成した。

これにより、北海から欧州大陸を横断して黒海に至る3,500km(正確には3,463km)、標高差1,330フィート(405m)、閘門の数72個の内陸水路が開通し、1,500トンの船で航行することが可能となった。

20097_518 これまで、物資輸送を鉄道やトラックに頼っていたスロバキヤ、ハンガリーやオーストリアにとって、運河が持つ経済的な恩恵は計り知れない。鉄道やトラック輸送に比べ費用が安く、いちどに大量の物資を運搬できるのが強みである。

欧州の市場一体化に伴い、東欧とEU諸国との貨物輸送量は大幅に増加した。さらに、北海に面するロッテルダムやアムステルダムを経て、北米へと市場がひろがってきた。ちなみに、ロッテルダム港の取扱高の35%は内航海運が占めている。

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リバークルーズ紀行「ヨーロッパ横断3,500km」:はじめに

Cimg0037 以前のブログでも紹介したように、マレーシア半島のオーシャンクルーズ「フライト・アンド・クルーズ」(080121)やボルガ河のリバークルーズ「ロシア・ボルガ河クルーズ(1)-(14)(080707 - 081006)を堪能し、益々クルーズの旅に魅せられた。今回はヨーロッパ横断3,500kmのリバークルーズ、28日間の船旅である。前回同様に忘備録的にまとめてみた。

オランダのアムステルダムからライン川、マイン川、マイン・ドナウ運河、そしてドナウ川を航行し黒海に至る全長3,500kmのクルーズである。航行する国はオランダ、ドイツ、オーストリア、スロバキア、ハンガリー、クロアチア、セルビア、ブルガリア、ルーマニアの9カ国である。

Cimg0561 クルーズ船は米国の会社が所有するスイス国籍のリバーダッチェス号で、全長110m、幅11.4m、乗客134人乗り、キャビンの大きさは約14m2とコンパクトではあるが、ちょっとしたホテル客室の快適さが得られる。

全旅程の24日間は客室に泊まり、9カ国24都市に停泊し、観光をしながらのクルーズである。食事は3食付、夕食はフルコースのメニュー、ビールやワインなどの飲物は無料で提供される。ホテルを移動しながらの旅とちがい、一度荷物をほどいたら24日後のチェックアウトまで荷物をまとめなくてもよいのが船中泊のよさである。

旅程は2部に分かれており、乗客はウィーンまでが93名、ウィーンで新たに乗り降りがあり黒海まで83名、乗務員38名、国籍もさまざまである。乗務員は川沿いの国々として、オランダ、ドイツ、スロバキア、ハンガリー、ブルガリア、ルーマニア、川沿いから離れた国として、ポーランド、ポルトガル、インドネシアなどである。

Cimg0326 不況のせいであろうか、乗客は去年より少ないとのことである。国籍は米国、カナダ、オーストリア、ニュージーランド、英国、日本といったところ。めずらしい国としては、マーシャル諸島からのカップル、スイスから移住した米国人(カリフォルニア)のカップルがスイスの従兄弟カップルと参加、スリランカから移住した一家がスイスから参加している。ざっと見て、米国人が4割を占める。いずれも退職後の人生を楽しんでいるカップルが大半である。

日本人は7組のカップルと3人の一人参加の計17名、全体の2割弱といったところである。皆がクルーズや海外旅行の経験豊富な熟年である。中には3年間に世界一周クルーズに2回も参加した強者もいる。70歳後半が最も多く、団塊の世代(60歳前半)2カップル参加、最高年齢は女性が83歳、男性80歳、平均年齢は72-73歳といったところであろうか。話の端々にリッチさを感じる。

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百貨店の非百貨店化

経済不振の打撃を受け消費が低迷しており、百貨店の売上げの減少がここ数十ヶ月続いている。さらに、高級専門店やネットショッピングの出現により百貨店の地位はおびやかされ続けている。それらが直接的かつ間接的に影響し、大手百貨店の今期の営業利益に占める非百貨店事業の比率が上昇している。

「高島屋では30ポイント上昇し70%J・フロントレテイリングは23ポイント上昇の49%、エイチ・ツー・オーリテイリングは20ポイント上昇の64%となっている。非百貨店事業として、高島屋はクレジットカードの手数用や不動産のテナント収入、JFは化学品卸売りやスーパーの売上げが寄与している」(日経朝刊2009.6.2)

ここでの2006.9.30附けブログ「企業におけるビジネスモデルの変貌」でも述べたが、時代の大きな潮流にともない市場や需要が変化する。企業は生き残りをかけ、そして発展・成長を目指しビジネスモデルを変貌さていく。百貨店のビジネスモデルも例外なく変貌していきそうである。

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価格ディスカウントによる採算ライン

経済不況の最中、消費者の低価格志向が強まっている。前々回のブログ「ユニクロとしまむらの健闘」で述べたように、デザイン性にも見劣りせず、高品質かつ低価格の衣料品が売れている。しかしながら、売上げ不振を補うために価格ディスカウントといった小手先のみにたよって営業展開するのは赤字をさらに助長するものである。

「コンサルタント会社のマッキンゼーの米国S&P1500社に対して行った調査によると、販売価格を5%下落させると19%以上の売上増がなければ営業上の採算は取れない」(How to Manage Your Business in a Recession – フォーチュン2009.1.19)

ファーストリテイリングやしまむらのように、円高による海外生産の生産コスト低下や、さらなる生産・販売コストの削減といった組織的な取組みをせずに、小手先だけの手段で価格競争の波に飲み込まれた企業は営業赤字がさらに膨らんでいるようである。

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引退年齢

団塊世代の第2弾が昨年度、大量に退職年齢の60歳に達した。おどろくことに、この4分の3が現在の職場での雇用延長、もしくは新しい職場で再就職をしているという。大半が1年毎の契約更新であり、給料は現役時代の半分から3分の1と大幅に目減りをするらしい。

老後の生活をいつになったら楽しむのであろうか。生活費を捻出する必要性や価値観の違いはあるが、現在の延長線上で仕事を続けていくことが人生の生きがいであるかのようである。

OECDでは公式引退年齢(公的年金を満額受給可能な最低年齢、2004年現在)と実質引退年齢(40歳以上の者が継続就労の意思なく退職した年齢の平均値、19992004)の各国比較データを発表している。これによると、日本の公式引退年齢は60歳、実質引退年齢は69.3歳と実に9.3年間も退職後に働いている。

これに対し、ドイツでは公式引退年齢は65.0歳、実質引退年齢は61.3歳と、3.7年も早く退職している。ちなみに、イギリスは前者65.0歳、後者63.0歳、フランスは前者60.0歳位、後者59.3歳といずれも公式引退年齢よりも早くに退職しており、悠々自適() の老後生活を謳歌しているようである。

国の違いによる社会保障制度の充実度が影響している面は否めないが、仕事以外の生活を楽しむ文化的な成熟度も大きな要因として考えられる。日本も文化的な成熟度が高まるにつれ、実質引退年齢も下がってくるのではないだろうか。

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ユニクロとしまむらの健闘

5月の連休に近隣をドライブした。東京から70-80Kmはなれた独自の商圏を形成している地域である。まず、アウトレット・モールに行った。閑散としており、駐車場が封鎖されていた。一月程前に閉鎖されたとのことであった。4-5年前に開店した時には駐車場がいっぱいになるほどの盛況を呈していた。ブランド品とそのアウトレット品の集客力が落ちているのであろうか。

その足で、しまむらへ行った。広い駐車場はほぼ満杯である。レジには客が列をなすほどの込み具合である。続いて、2-3件先のユニクロへも行ってみた。ここも同様に駐車場は満杯で、レジにも長い列ができていた。

両店とも不景気とは無縁の感である。廉価で高品質、しかもデザイン的にも見劣りせず、あえて高価なブランド品を買う理由が見当らない。それどころか、ユニクロはもとよりしまむらも独自のブランドの位置を確立しているようである。

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桜の花の終わりと株価

Cimg0005 絢爛豪華な桜の花に魅せられ、その桜を追いかけて4月中旬に信州へと出かけた。上田城址では若干の桜が咲き残っていたが、お目当ての高遠城址のコヒガン桜は3-4日前の低気圧による雨と風ですっかり散っていた。露天業者も店じまいを始めており、まさに宴の後を訪れたようなものであった。

宴の後も、株価は順調のようである。3月初めの最安値を更新した後、桜のつぼみがふくらみ始めた3月末から満開の4月初めと、年初来 9,000円にせまる高値を更新した。花が散ると同時に株価 の下落が心配されたが、その後も9,000円近辺を推移している。桜の花の経済効果 を大きく超えた経済対策や景気刺激策の効果が利き始めてきたのであろうか。年初Cimg0034_4 でのブログ「2009年はブル(牡牛)の年?」でも述べたが、今年は株の仕込みの年であろう。その仕込みの時期もそろそろ終盤に入ってきたようである。

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桜の花と消費者行動

Cimg0008 千鳥が淵公園に行ってきた。桜の花が真っ盛りである。まさに絢爛豪華そのものである。花見見物に出かけてきた人は皆、心を解き放され、うきうきと華やいでいる。花見のはしごと称して、その足で墨田公園にも訪れた。ここも例にもれず桜が満開で、その下ではいくつものグループが宴を催していた。近くのコンビニでは、缶ビールや弁当が店頭に山ほど積まれ、つかの間の桜の特需景気を謳歌しているようである。例年の風物詩である。

話は変わるが、金融危機や経済危機による落ち込みは企業部門から家計部門にじわじわと広がっているようである。200810-12月期の国内総生産(GDP)の個人消費Cimg0007_2 は実質ベースで前期比0.4%減少した。雇用や所得環境の悪化によるものである。GDP6割近くを個人消費が占めており、経済に与える負の影響は大である。

政府の経済対策や景気刺激策が次々と発表されており、その効果に期待するところは大きい。その一方、花見で華やいだ消費者の情緒的行動が財布のひもを緩め、消費の増大につながることも確かである。桜の花が消費者行動にプラスの影響を与え、コンビニのビールや弁当を越えた、いわゆる買回り品にまで広がっていくことを期待したい。

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ベトナム・ハノイの散策(2):物価その他

Cimg0063 ベトナムは全長1,650kmと南北に細長く伸びており、面積は日本より若干小さい。7-8割は山岳地帯で占められており、人口8,411万人の大半はハノイ、ホーチミン市、その他の都市部に住んでいる。

ハノイは川に囲まれたデルタ地帯にあり、ホーチミン市と比べて高層ビルも少ない。旧市街地は喧騒に満ちているが、ホーチミン廟やバーディン広場近辺では政府関係の建物や政府高官の住居が並び、緑豊で高級な雰囲気を漂わせている。

物価は驚くほど安い。スーパーで売られている地元ビール(350ml)9,000ドン(Cimg0026_2 54)、レストランでは20,000ドン(120)。タクシーの基本料金は12,000ドン(72)2kmほどの距離で40,000ドン(240)とバス並みの安さである。空港から市内のホテルまで1時間ほどかかるが、料金は250,000ドン(1,500)である。地元レストランでのベトナムの典型的な料理の牛肉麺は35,000ドン(210)、ベトナム・ブラック・コーヒーは25,000ドン(150)、シルク100%ネクタイ50,000ドン(300)、寺の拝観料1人5,000ドン(30)といった具合である。

それでもインフレで物価が高くなっており、3年前とくらべて倍に上昇しているようである。1,000ドンは約6円に相当し、1,000の単位が過去のインフレを物語っている。

Cimg0032_2 ハノイの旧市街地の建物、店のたたずまい、雑踏は東京オリンピックが開催された1964年ころの日本の感じにどこか似ている。ハノイだけを見てベトナムを語るには無理があるが、将来の大きな発展が期待できる国である。

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ベトナム・ハノイの散策(1):バイクの洪水

Cimg0004 ある会議への出席でハノイを訪問した。そして、モーターバイクの洪水におどろかされた。その数は半端でない。台湾の台北でも住民の主な足はバイクであることをここでのブログでも述べたが、ハノイでは車の数に比較して圧倒的にバイクが多いのである。

空港からハノイへ向かうタクシーが街中に近づくにしたがい、バイクに前後左右取り囲まれながらの走行である。タクシーも負けずにけたたましくクラクションを鳴らしながら、バイクの間をぬっての走行である。少しでも接触すれば事故を起こすぎりぎりの状態であるが、不思議と街中での事故は多くないようである。スピードもそれ程でもなく、バイクと車がうまく共存しているかのようである。

Cimg0044 歩いて道路を横断する際も、スリリングで命がけである。信号のないところはもちろんであるが、信号のある交差点でも、右折や左折のバイク・車はとまってくれない。したがって、車やバイクの間を泳ぐように横断せざるをえない。決して立ち止まらず、ゆっくりと少しずつ渡るのがこつのようである。立ち止まらずにゆっくりと渡ることによって、車もバイクも、歩行者の動きを読みとることができるようである。

市街地などを歩くもの気を許せない。歩道は路上カフェやバイクの駐車で占拠されており、歩くスペースがない。どうしても車道を歩かざるを得ず、たえず脇を通るバイクに気を使う。

しかし不思議なもので、2-3日も滞在するとバイクの多さやクラクションの騒音、道路の横断にも慣れ、街への親しみもわいてきた。

Cimg0070 聞くところによると、ハノイの人口は300万人、南のホーチミン市は800万人、ホーチミン市の方がバイクの数も騒音も圧倒的に多いようである。公共の交通手段の充実がのぞまれ、日本のODAも期待されている。

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台湾の旅(5):農業産業&おわりに

農業は依然として盛んである。熱帯や亜熱帯の野菜や果物が豊富で、その種類は多岐にわたる。例えば、トマトは2,000種類もあるとのことである。スイカは川原で1月に作付けがおこなわれ、夏の前に収穫される。台風の被害をさける生活の知恵である。

むかしはサトウキビが大々的に栽培されていたが、国際的なコスト競争力がなくなり、現在は国有地で若干作付けされている程度である。米は二毛作である。三毛作も可能であるが、それほどの需要が見込めず、現在はおこなわれていない。

経済価値の向上を目指し、養殖産業も盛んである。わに、かえる、うなぎ、車えび、アヒル、ダチョウなどなどである。高品質との評価は高いが、中国の追い上げでコスト競争力を失いつつある。

Cimg0127 おわりに

高さ30mの弥勒像(布袋様)で有名な仏教寺院の一角に戦没者慰霊碑ある。ここで一人のおばあさんに会った。当年とって88歳、きれいで自然な日本語を話す。兄弟が戦争でなくなったそうである。毎日のように慰霊碑の周りを掃除し、花を生けている。昭和初期の日本の歌謡曲を歌ってくれた。日本が統治していた事実の一端がまだ人々の中に生きているのである。

グルメの旅と称して安易に出かけた台湾の旅であったが、日本との歴史的なかかわりを考えるきっかけとなる旅でもあった。

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台湾の旅(4):インフラとくらし

台湾の面積は日本の十分の一、九州より若干小さく、一周1,200kmの島国である。平野部が多い西側に人口の80%がくらす。東側は四分の三が山岳地帯で、3,000m級の峰が22個ある。

Cimg0165 政治、経済の中心は台北で、人口300万人。2番目の都市は、南に位置する高雄で人口150万人。工業や港町として栄えている。台中の人口は100万人。台南は75万人、総督府がおかれた昔の首都である。

台北の25km北東の基隆から高雄まで、総長373kmの高速道路が西の海側を南北にはしり、台湾経済を支える大動脈である。昨年には新幹線が開通し、人の動きがさらに活発化している。

台北や台中ではマンションや事務所ビルの高層建築が次々と建てられ、エネルギーに満ちた熱気がただよっている。高雄では地下鉄が開通したばかりで、台北では地下鉄工事の真っ盛り。1-2年のうちに、いくつかの路線が開通するそうである。

Cimg0129 しかしながら、失業率は4.7%と高めに推移し、半導体やエレクトロニクス産業では大幅な落ち込みがみられる。

台北市内では、バスや車はもちろんであるが、バイク(主にスクーター)が通勤の足として使われている。ちなみに、街中で見かける看板の汽車は自動車を機車はバイクを意味するようである。

物価は概して安く、日本の3分の一ほどであろうか。コンビニではビールが350ml缶で地元台湾ビールは25元(約75-80円)、オランダ・ハイネッケンの輸入ビールは45元(約150円)、キリン一番絞り115元(約360円)で売られている。レストランで飲むビールは地元台湾ビール600mlで100-150元(約330-500円)である。

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台湾の旅(3):治水事業に貢献した日本人

台中と台南の中間に位置する嘉義地区は、北緯2327分の北回帰線上にある。これより南は熱帯で、世界の半分以上は干ばつ地帯あるいは砂漠地帯と呼ばれる不毛の地である。

東京帝大土木科を卒業した八田與一氏は、台湾総督府土木局に勤務がきまり1910年に台北に着任する。8年後、嘉南平野の調査をはじめる。この調査に基づき、総督府はこの地区の灌漑工事を決定し、予算が国会を通過成立した。受益者の組合員とする組合が一定の拠出金を負担し、政府が補助金を拠出するという形で行われた。工費は台湾総督府の年間予算の半分という規模であった。八田與一氏は台湾総督府の技師から、組合という民間団体の技師に転じ、ダム建設と用水路工事の前線にたった。工事は1920年から10年で完成した。(司馬遼太郎「街道を行く、台湾」より抜粋)

Cimg0111 建設された用水路の長さは全長16,000キロにおよび、万里の長城2,700キロをはるかに凌駕する長さである。これにより、不毛の地が農耕地に転じた面積は台湾の総農耕地の六分の一を占めるに至り、現在でも台湾の主要な穀倉地帯である。

台湾農民の間では、八田與一氏の功績を知らない者はいないと言われるほどである。彼の功績をたたえ、夫婦が眠る墓のそばには彼の銅像が建てられている。

台湾での社会インフレ整備における日本の貢献として、少し誇らしい気分である。

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台湾の旅(2):歴史

台湾の歴史は比較的浅く、400年そこそこである。起源を南方とする先住民族が暮らしていたが、16世紀には漢人が福建省を中心に中国大陸から移り住むようになり、先住民は同化していった。1624年にはオランダ人の統治が始まる。台南を本拠地とし、鹿の皮を中心に買い付けを行い、それを東南アジアや日本へ売る、いわゆる三国貿易として栄える。当時のオランダ人が残したものとしては、レンガやレンガ建造物の造り方、外来種の動植物(牛、パパイヤ、ジャガイモ)などといわれている。

Cimg0074 1661年、オランダの38年間の統治は、明の遺臣、鄭成功に取って代わる。鄭成功は満州族によって倒された明国の再興を目指したが、3代22年で清国に倒される。清国統治下でも、鄭成功は漢人住民の間で英雄として崇められ、彼を祀った廟(当時は開山王朝、現在は明延平郡王祠と呼ばれている)が今でも残る。

その後、清国統治の台湾は、日清戦争を経て1895年に日本へ割譲され、日本統治の時代を迎えた。日本の統治では、縦貫鉄道の建設、各地の治水工事、教育機関の拡充などの社会インフラの整備が進んだ。その一方、植民地統治のひずみによる抗日事件や、2等国民としての不平等な扱い、太平洋戦争での空襲による甚大な被害などは忘れてはならない側面である。

Cimg0169 1945年日本の敗戦により、台湾は蒋介石率いる中華民国国民党政権の支配化に入った。台湾住民は、日本に戦勝した国民党政府を歓迎した。しかし、国民党政府の規律の悪さ、賄賂の横行、教育レベルの低さ、重税などのさまざまな理由でフラストレーションを高めていき、1946年の228事件が勃発した。1987年に戒厳令は解除され、翌年に李登輝が台湾人として初めて台湾の元首となり、台湾での真の民主化が始まったといれる。

国民党政府の時代には、反日教育が行われていたにもかかわらず、親日感情を持つ台湾人が多いようである。日本統治の時代に、さまざまなひずみはあったものの、社会インフラの整備、統治の良さ、組織内の規律、役人の順法精神などを高く評価しているようである。

今日、企業運営で声高に叫ばれている企業の社会的責任(CSR)や企業統治(ガバナンス)が高い質(比較の問題であるが)で行われていたといえるのではないだろうか。

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台湾の旅(1):はじめに&台湾料理

台湾を観光した。台北から一挙に高雄へ下り、台南から台中そして台北へと北上する45日の旅である。おいしいものを食べたいと思い立って台湾を選び、他に特に期待するものもなかった。しかし、食事はもちろん、いくつかの思いもよらぬ感銘を受けた旅であった。これらのことを忘備録的に紹介する。

Cimg0068 食事は期待通りであった。客家料理、台湾料理、海鮮料理、飲茶、石鍋料理、モンゴリアンバーベキューなどを楽しんだ。客家料理は丘陵地帯や山岳地帯に住み、農耕を営む客家人(漢人の類型)の料理である。山岳地帯のため、乾物類も多く使用される。濃厚で塩辛い味付けが主体である。味が濃いので、ご飯のお代わりが何杯もできそうである。石鍋料理は、文字通り石鍋での鍋料理である。韓国から伝わったそうであるが、食材は台湾のものが使われている。最後に残りのスープで供される麺とおじやが美味である。モンゴリアンバーベキューはモンゴリアンとは直接には関係なく、各人が好みの野菜や肉(豚、牛、鶏、マトン)をどんぶりにとり、好みの油と香辛料を加え、コックがそれをいためる料理である。どこが台湾風味かは別として、なかなか楽しめる料理である。台湾料理は、台湾での家庭料理を基にしており、比較的に薄味で日本人の口にあっている。

Cimg0130 以上はレストランでの食事であるが、夜市での屋台料理や市井のいわゆる飯屋での地元料理は安く、バラエティーに富んでおり、これこそ台湾であると感じさせる。今回は残念ながら満腹で、胃袋に余裕がなく、試食もままならなかった。

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「ブランド力」の相乗効果に期待する明菓・明乳の企業統合

明治製菓と明治乳業が本年41日に共同持ち株会社を設立して経営統合をする。両社の経営統合による効果として「統合された新生`明治`ブランドの価値向上および既存事業の強化」をあげている。

国内企業の経営統合は医薬品メーカーであいついでみられたが、いずれも規模の拡大による研究開発費の増大であった。またマルハとニチロの統合にみられるように、食品メーカーの経営統合は規模の拡大による原料調達、設備統合、その他の業務効率化によるコスト圧縮効果を期待するものが大半である。

旧明治製糖を起源とする両社は兄弟関係にあるが、これまでは両社の関係は希薄であった。「今後は両社の経営統合を通じてお互いが有する`ブランド力``研究開発力``技術力``マーケティング力`等の経営資源を最大限に活用する」(明治製菓第150期中間期株主レポート)

ブランド力の相乗効果を前面に押し出した経営統合は、規模の経済から付加価値の経済へと経営統合の力点が移行する兆しであろうか。新生`明治ブランド`の価値を高めるのはマーケティング力である。注意深く見守って生きたい。

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円高・ドル安は消費拡大の起爆剤

消費者の節約志向を追い風に業績を拡大している企業がいくつかある。衣料品のファーストレテイリング、家具・インテリアのニトリ、靴のABCマートなどである。いずれも、中国をはじめ海外での生産、輸入、そして国内販売をてがけており、円高・ドル安で商品の輸入コストが下がっている消費者関連の企業である。

これまでの景気を輸出産業に依存してきた日本経済にとっては、円高・ドル安のネガティブな面が声高々に叫ばれているが、輸入に多くを依存する産業にとっては円高・ドル安のメリットを享受しつつある。原材料の輸入コスト削減を直接に享受する電力、鉄鋼、石油化学をはじめとする製造業、そして上記に紹介した消費者関連企業がその例である。

消費者にとっての卑近な例では、ガソリン価格の急落である。一時はリッター180円まで上昇したが、ここ数週間で120円、110円、そしてわが近所のスタンドでは94円の看板をかかげていた。

この輸入コスト削減が消費者に還元され、消費拡大につながる正のスパイラル効果に期待したい。

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100円パソコンに見る市場競争ルール(ゲームルール)の変更

パソコンのコモディティ化により、5万円パソコンが登場し価格競争に拍車をかけている。そして、この価格競争をさけるためには、市場競争のルールをなんらかの形で変更する必要性を前々回のブログ「5万円パソコンに見るパソコンのコモディティ化」で述べた。

100円パソコン」は直接の価格競争を回避するべく編み出された手法である。家電量販店と通信会社との共同企画によるマーケティングの手法である。パソコン本体と通信サービスのセット販売で、100円でパソコンを購入するには通信サービスの加入が絶対条件である。

ここでのブログ「携帯電話にみるキャプティブビジネス」(2007.09.10)でも紹介しているように、これはキャプティブビジネスそのもののである。ある種の機器を廉価で販売し、まず顧客を獲得(キャプティブ=とりこに)する。そして、機器からの収益よりは、その後に続く消耗品やサービスの販売による収益に期待するビジネスモデルである。

このセット販売の通信料金は最低でも2,900円/月、2年間の継続使用が条件である。途中解約の場合は「残月数x2,900年」の契約解除料、最大69,900円が請求される。すなわち、契約して即日解約すると70,000(100円+69,900)がかかる計算である。(プラス契約事務手数料2,835円が加算される。)

パソコン販売の常識を破り、競争のルール(ゲームルール)を変更し、見事に価格競争を回避しようとしているのである。

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2009年はブル(牡牛)の年?

新年あけましておめでとうございます。早いもので、このブログを始めて3回目の正月を迎えました。本年も、時流を反映したマーケティングや企業戦略などをとりこんだブログを心がける所存です。

Cimg0203 さて、2009年は干支でいえば丑年。これにあやかって株式市場ではブル(牡牛)相場の年、本来は上昇機運にみなぎった景気の良い年である。ところが、昨年のサブプライムローンに端を発した世界的な金融危機、そして実物経済でも世界的な需要が後退し、上昇気運とは程遠いのが現実である。

2008年の株価の落ち込みは半分以上、ものによっては十分の一と下落している。日経平均でも一年間で42%、戦後最大の下落である。まさに株式市場をはじめとする金融市場は激動の一年であった。産業景気の指数も9月以降は大幅な悪化を示し、工作機械の受注や新車の国内販売も前年同月比で20-30%の減少である。

エコノミストへのいくつかの調査でも、世界経済が底を打つのは早くても今年後半とするエコノミストが三分の一、来年前半とするのが三分の一ときびしい予測をしている。株価が経済の半年の先行指標とすると、株価の本格的な上昇も早くて今年の後半以降になるであろう。株の底値が今年の前半は続くとして、個人投資家にとっては後半以降に備えて仕込みの年となろう。

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5万円ノートパソコンに見るパソコンのコモディティ化

5万円ノートパソコンが市場を席巻している。台湾や米国のメーカーが火付け役となり日本のメーカーも巻き込んで、5万円パソコンはノート市場の2割超まで急成長している。

ここでのブログ「部品メーカーと完成品メーカーのパワーバランス逆転」(2006.10.14)でも述べたように、PCが汎用化し、ソニーのVAIOをはじめとしてPCメーカーのマーケティングの重点は機能性からファッション性にシフトしていった。さらに汎用化あるいはコモディティ化したPCは、ここにきてついに価格競争に突入したわけである。5万円パソコンは店頭表示価格3万5千円も散見されるようになっている。

やはり、ここでのブログ「技術革新と低価格化」(2006.11.06)で触れているように、技術革新と競争激化によって価格が急激に低下し、消費社会の拡大と国内総生産の成長に大きく貢献している。しかしながら、メーカーにとっては利益率の低下による体力勝負の様相を呈している。

この価格競争の難をさけるには、市場競争のルールすなわちゲームルールをなんらかの形で変更するよりなさそうである。

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ローカライゼイションとマクドナルド

ローカライゼイション(localization)とは現地化仕様、日本市場を対象の場合は日本仕様に適合させることである。コンピューター情報産業の分野では日本語化として主に使用されているようであるが、生産財では200ボルト/50-60z仕様や耐久消費財の車では右ハンドル、家具や衣服では寸法などなど、マーケティングの観点から現地で受け入れられるようにする仕様の変更である。

ヨーロッパ諸国や日本はローカライゼイションを比較的に得意とするが、米国は同一規格、大量生産、大量消費のマーケティング論理が優先し、ローカライゼイションを軽視し、自らの仕様を相手国に押し付ける傾向にある。輸出産業の一翼をになうハンバークショップ、マクドナルドがその典型例であった。米国本国で商品開発や店舗コンセプト、従業員マニュアルなどの規格を作成し、米国でのチェーン展開はもとより海外でのチェーン展開でも、この同一規格を適用していた。すなわち、米国そのものを輸出していたといえる。ところがマクドナルドではここ数年、ヨーロッパで独自の商品開発、パッケージ、店舗設計などをてがけ、それがヒットしているとのことである。

ヨーロッパでの売上げがマクドナルド全体の売上げの39%と、米国の36%を抜いた今日、マクドナルドといえども、米国を中心とした中央集権的な商品開発とマーケティングコンセプトから、ローカライゼイションあるいはグローカライゼイション(glo-calization)を反映させた地方分散的、権限委譲的な商品開発やマネジメントへと移行するのが自然の流れであろう。

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タバコに見る値上げと売上げ増の関係

ほとんどすべての原材料が高騰し、メーカーは製品の値上げをせざるを得ない昨今である。特に消費財においては、値上げにより需要が減退し、売上の落ち込みをともない、場合によっては利益の減少にもつながる。利益の確保に耐えられる値上げと売上の落ち込みの関係は、つねにマーケティングの関心事である。ここでは、たばこの値上げによる需要減と税収増の関係を紹介する。

「現在のたばこ一箱千円を来年一月に値上げした場合、五百円では37.0%、千円で96.3%の人が禁煙に挑戦するが、再び喫煙したり、本数を減らす節煙だけの人も多く、需要は2010年時点で今年のそれぞれ68.0%44.0%にしか減らないという」「増収の効果が需要減を上回り、三百円の維持した場合より、五百円で最大で年5,794億円、千円で同12,704臆円の増収が見込めるという」(日本経済新聞2008.09.08朝刊)

たばこのビジネスは一種のキャプティブビジネス(本ブログ2007.9.10で紹介の「携帯電話に見るキャプティブビジネス」参照のこと)であり、獲得(キャプティブ=とりこ)された顧客は高い割合で半永久的にたばこを吸い続けるという特徴があればこそ、3.3倍に近い値上げでも売上増と税収増が見込めるのであろう。消費財でいうところの最寄品では、代替品という強敵が存在し、このような大幅値上げの想定自体が夢物語である。

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世界遺産に見るブランド効果

ブランド効果と売上増加の関係はマーケティングの観点から興味深い。世界遺産というブランドがどのくらい観光客の増加に結びついたかを紹介する。

Cimg0004 「世界遺産に登録されると、その地を訪れる人が急増し、観光振興が図られる「白川郷と五箇山の合掌造りの集落は、1995年に世界遺産に登録された。登録前に白川郷を訪れる人は年65万人程度であったが、登録後は年々増加し、2007年には約146万人に達した」(世界遺産と観光 - 日本経済新聞朝刊2008.8.25)

観光客の増加は12年で2.3倍弱である。世界遺産というブランドによって、観光地の歴史的価値と品質が保証され、観光客の訪問が誘引されている。観光という商財が消費財の一種であることを考えると、ブランドのマーケティングにおける威力を再認識させられる。

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セルフサービスの進化と対面顧客サービスの消滅

スーパーマーケットのセルフサービス販売方式が米国で生まれ、対面顧客サービスに取って代わった。その方式が、欧州そして日本へと波及してから半世紀近くがすぎようとしている。

この半世紀の間には、自動販売機が登場し、飲み物、たばこ、雑誌、菓子などが対面顧客サービスを必要としない、いわゆるセルフサービス方式で売上を増やしていった。駅での自動券売機や、銀行での現金引き落とし、預金、振込などのATMもこの流れを加速するものである。近年では、ガソリンスタンドのセルフサービス方式や、ホテル、病院などでもチェックアウトや支払いは自動清算機で行うことができる。さらに、インターネットの普及で、インターネットショッピングはもとより、航空券もPCで購入しセルフチェックインカウンターで搭乗手続きを済ますことができる。そして、スーパーマーケットにもどると、レジでの清算にもセルフ方式が段階的に採用されつつある。

販売コストの削減のために対面顧客サービスからセルフ方式へ移行しているのが実情であるが、この移行により対面販売によるマーチャンダイジングの機会が減り、販売時の付加価値も削減されている。対面販売にとって代わるマーチャンダイジングとして、スーパーやコンビニではインストア・マーチャンダイジングなる手法がとられている。その他の分野でも、それにとって代わるマーチャンダイジングの手法が求められている。

自動販売機、レジや清算でのチェックアウトシステム、インターネットなどのセルフサービス関連の技術は進化している。これに伴い、セルフサービスはさらに加速されることは確かである。この流れにそったマーチャンダイジング手法の開発が成功を左右するようになろう。

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高収益に結びつく組織IQ

組織IQという概念がある。早稲田大学の平野教授がとなえており、組織の優秀さともいえもので、組織メンバーの能力とは別物である。企業の能力は組織メンバーの資質と組織の優秀さの掛け算で決定されるとのことである。その概念を紹介する。

「組織メンバーの資質は知力、スキル、体力、意欲、倫理観、リーダーシップなどである。一方、組織IQ(組織の優秀さ)は外部情報感度、内部情報流通、効果的な意思決定機構、組織フォーカス、継続的革新などである」「企業能力を向上させるには、組織メンバーの資質を向上させる方法と、組織IQを向上させる方法とがある」(経済教室:日経2008.6.19)

しかしながら、「人的投資をしても、実際に高収益に結びつけられるのは組織IQが高い企業のみである。組織IQの低い企業の場合には、増加した人件費がそのままコスト増に直結して収益が悪化している」(同上日経)

IQの低い企業、すなわち優秀でない組織では、優秀な人材が企業内で空回りしており、人を十分に活かしきれていないといえる。優秀な組織の構築が問われている。

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長寿命企業の秘訣

良い企業の条件として企業の長寿命がある。ビジネス環境の変化をのりこえて生き延びた企業こそ、長期的な観点から優良企業といえる。米国ビジネス誌フォーチュンが毎年おこなっている米国企業フォーチュン500にリストされる企業の浮沈は、企業の長寿命の指標として使える。

1955年の最初の500社リストに掲載された企業のうち、2008年のリストに登場しているのはわずか71社である。P&GJohnson&JohnsonGEなどは一貫して優良企業の地位を保持している。Xeroxなどのように一時の低迷期を脱し、500社リストにとどまっている企業もある」「これまでに2,000社近くがリストに登場したが、その大半はリストから消えている。MicrosoftAppleDellGoogleなどは1955年には企業そのものが存在せず、ゼロからリストに登場した新興企業である」(Fortune - The Fortune 500, May 5, 2008)

リストに存続する企業の共通項として「経営の仕組みをシステム的に構築したこと、後継者としてのリーダーを養成したこと、コアバリューに重点をおいたことなどである」「経営者は業績低迷をビジネス環境の理由にはしない」(同上Fortune)

コアビジネスの重大さへの認識が明暗を分けてもいる。「1972年から1986年、アメス(Ames Department Stores)とウォルマートが郊外立地型のディスカウントリテール分野で拮抗していた。両者の業績はほぼ同じような数字で、共に好調であった。やがてアメスは外の世界に目を向け始め、1988年にはザイヤー(Zayre)を買収し、都市立地型のリテール分野に進出、企業規模を倍増したが、やがて衰退の一途をたどった。ウォルマートは郊外立地型リテールビジネスを貫き、現在でもフォーチュン500に名を連ねている」(同上Fortune)

日本企業にもあては長寿命の秘訣である。

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アジアの医療観光ビジネス

タイでの視力回復手術や美容整形手術(プラスチックサージャリー)といった医療サービスを利用するパッケージツアーに、リゾート地を訪れる気軽な感覚で参加する日本人が多いことは、2007212日のブログ「タイ国の医療ビジネス」で述べた。

今、アジアでは医療観光を成長分野として国家政策として推し進めているようである。「中でもシンガポールは全世界から患者を集める医療観光拠点として発展を遂げている。医療観光を外国人富裕層による長期滞在と位置づけ、振興を図っている」「インド、タイ、マレーシア、ドバイなども医療リゾートを標榜し、外国人患者と付き添い家族の受け入れ促進を図っている」(日経:観光立国への挑戦2008.08.12)

「アジア地域全体で医療サービスを受けることを目的とする外国人旅行者数は、2006年に180万人に達しており、市場規模は68億ドル(7300億円)と推計されている」(同上日経)

日本の医療分野での規制、健康保険、医療コストなどを考えると、日本の医療観光拠点への仲間入りはむずかしいであろう。逆に、保健適用外の手術の分野で、日本人の医療観光への参加はこれからも伸びていくのではないだろうか。

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ロシア・ボルガ河クルーズ(14):ロシアの接客サービス

ロシアの接客サービスは緒についたばかりのようである。統計やビジネス情報から判断はできないが、直感的に思った。

Cimg0453 その一例がロシア航空アエロフロートのスチュワーデスや街中のスーパーなどでの接客サービスである。客に笑顔を見せず、ありがとうの類の言葉を言わない。空港のシャトルバスの運転手は運転だけをし、荷物の積み下ろしは客にさせる。空港での荷物のセキュリティーチェックでも補助的な要員はおらず、荷物の積み下ろしは客まかせ、などなどである。

と言うことをロシア人ガイドに言ったところ、最近出来たロシア航空会社のサービスは質が高いとのことである。これらの競争相手の出現によって、アエロフロートのような既存企業の接客サービスも改善されるであろうと期待していた。

たしかに、スーパーで売り場の場所をたずねると親切に教えてくれたりして、個々の人柄は良さそうである。しかし、接客マニュアルに代表されるように、システム的に良質のサービスを提供する仕組みの構築はこれからのようである。

ロシアに進出している外資系のサービス企業が刺激となって、これから質の高いロシアのサービス産業が育っていくのであろう。

おわりに

Cimg0045 今回はクルーズ観光で見聞きしたこと、感じたこと、ガイドブックで拾い読みしたことなどを忘備録的に記述してみた。大半は船中で書いたものである。クルーズの良さと、ロシアのすばらしさをお伝えすることができていれば幸いである。

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ロシア・ボルガ河クルーズ(13):モスクワ市民とダーチャ(別荘)

クルーズでは時折、河の両岸に小さな小屋とこじんまりした畑を数多くみかけた。あのダーチャ(別荘)である。ソ連邦の時代、モスクワ、ペテルブルク、その他の都市の市民は食糧難におちいった。政府はこれを解消するため、一家族あたり600m2の土地を郊外に貸与し、家庭菜園による半自給自足を推奨した。

Cimg0174_2 実際には、各人が所属する職業集団を経て分割、共同で水や電気をひいた。そして、市民は小さな小屋を建て、金曜日の夜から泊り込みで畑仕事にいそしんだ。主食であるじゃがいもを中心に、キャベツ、にんじん、きゅうり、青ねぎなどを育て、食料を確保した。

ソ連邦崩壊後、食糧難は徐々に解消され、市民の暮らしは向上した。ダーチャは手数料1,000ドルで市民に譲渡された。ちなみに、土地税は年間50ドルである。人々は、冬でも滞在できるようなりっぱな別荘に立て直すようになった。家庭菜園も自給自足の域から脱し、趣味として楽しむようになった。週末に別荘を訪れ、自然の中で生活を謳歌しているようである。

船がモスクワに近づくにしたがって、川の両岸にこれらの別荘が数多く点在し、川べりでつりを楽しむ人もいた。休日の生活を楽しむ質は、日本人よりはるかに高そうである。

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ロシア・ボルガ河クルーズ(12):モスクワ市民のくらし

モスクワ市民はシャイで見知りをするが、真面目で気の良さそうな人たちのようだ。かれらのくらしを断片的に紹介する。

Cimg0443 モスクワは中心部から30kmまで郊外が広がっており、標準的なアパートは3部屋で70m22009年まで手続きすることにより100ドルの手数料で個人の所有となる。全世帯が住居を所有する勘定になる。

市民の平均給料は月20,000ルーブル(10万円)。所得の格差は15倍あり、石油やガス会社の給料が高い。教育関係者や公務員の平均給料は月6,000ルーブル(3万円)、ほとんどが共働きである。退職は男60歳、女55歳、年金は月4,000ルーブル(2万円)、生活ができないためパートなどで働き続ける。人気のある職業はコンピューター、マネジメント、銀行などである。

物価は、ガソリンがリッター25ルーブル(125)と収入を考えたら決して安くはない。しかし、アルコール類は安く、スーパーでのビール500ml缶は25-30ルーブル(125-150)

Cimg0465 自由経済によって海外への旅行が自由となり、人気の海外観光スポットはトルコ、ギリシャ、エジプトである。トルコの旅は格安で、一人10日間で、飛行機とホテル込みで700ドル。ちなみに、同条件では国内の黒海の旅が1000ドルである。

学校制度は6歳で入学、小中学9年間、その後大学5年間、医大6年間、専門学校などの選択肢がある。大学の90%が国立である。

現体制を好ましいと思っている人は40%で、特に若者の支持が高いようである。共産党時代を好ましいと思っているのは20%で、概して苦しい年金生活者にその傾向が強い。エリツィン時代の支持率は2%と低い。これは、失業率が異常に高かった為と思われている。また、スターリン時代の支持率は5%である。

Cimg0457 モスクワの道路のインフラ整備は増える車に追いつかず、朝夕の通勤時間帯を中心に常に渋滞している。特にダーチャ(別荘)帰りの月曜の朝と、ダーチャ行きの金曜の夕方がひどい。駐車場は不足しており、路上駐車は常態化している。

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ロシア・ボルガ河クルーズ(11):ロシアの首都モスクワ

Cimg0414_2 船は125kmのモスクワ運河を経て、最終目的地モスクワに到着する。市内観光は2日半にわたってクレムリンの内外を中心に行われた。赤の広場ではレーニン廟、それに隣接する聖ワシリー寺院、クレムリン内では大クレムリン宮殿、歴代ロシア皇帝の戴冠式が行われたウスペンスキー大聖堂、歴代皇帝の墓所となっているアルハンゲルスキー聖堂、ロシアの歴史を物語る宝物が展示されている武器庫、ソ連共産党大会や中央委員総会に用いられたクレムリン大会宮殿などなどである。クレムリン大会宮殿はアルミと大理石で造られた近代デザインの建物で、周囲の歴史的建造物との調和に欠けていた。

クレムリンを離れては、ロシアの美術の名作が10万点も収蔵されているトレチャコフ美術館、ショッピング街のアルバータ通り、繁華街である新アルバータ通りなども訪れた。

Cimg0439_2 展望台から眺望すると、1950年前後に建てられた7つの高層建物がソ連邦の威容を誇示するかのように点在してそびえたっていた。それぞれが外務省、モスクワ大学、ホテル、高級官僚のマンションなどに使用されているとのことである。

ソ連邦時代の中層アパート(コンクリートパネル製)が市民のために数多く建てられており、ロシア時代の建造物と混在し、奇妙な調和がとれていた。

広い公園が市内のあちこちにあり、いくつかを散歩した。何匹かの野良犬がうろついていた。ソ連邦崩壊前に市民の暮らしは苦しく、一部の市民が捨てた犬が野良犬Cimg0567_2 になったとのことである。市当局によって野良犬がりが行われているが、一掃とはいかないようである。

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ロシア・ボルガ河クルーズ(10):フレスコ画の聖ドミトリー教会

Cimg0300_2 船はボルガ河が直角に曲がる地にある町ウグリッチ(曲がり角の町)に立ち寄った。1148年に建設され、1218年にはロストフ公国の首都になった。イワン雷帝の長男ドミトリーはウグリッチに幽閉、暗殺され、短い生涯を閉じている。1591年、その地にドミトリー教会が建てられ、内部には王子の生涯をテーマにしたフレスコ画が描かれた。

前回のキリロベロジェンスキー修道院でも述べたが、ロシア革命後の社会主義体制の時代には宗教が禁じられ、ドミトリー教会は干草小屋として長く使われた。ソ連邦崩壊後に教会は再開され、フレスコ画やイコン画は修復され、一般に公開されるようになった。

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今では多くの観光客が訪れ、船着場から教会に至る沿道には露天のみやげもの店が50以上も並び、売り込みに余念がなかった。数回前に紹介したマンドローガのテーマパークとは違った、市民レベルでの市場経済の芽吹きを感じた。

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ロシア・ボルガ河クルーズ(9):ロシア最大級のキリロベロジェンスキー修道院

Cimg0262 船は水門を6つ越えベロテ湖に入り、小さな町ゴリツイに立ち寄った。「小さな丘の多い所」を意味する町ゴリツイには、1397年創立のキリロベジェンスキー修道院がある。この修道院には、文化的にも歴史的にも価値の高い宗教画イコンが数多く残され展示されていた。

ロシアでは、社会主義国家体制の時代には宗教が禁じられ、ロシア正教会が閉じられていた。この修道院も使用が禁じられ、兵舎に供されていたとのことである。しかし、主要なイコン画は別の場所に保管され、1991年のソ連邦崩壊後、教会での礼拝は復活し、イコン画が再び日の目を見るようになった。

Cimg0274_2 ロシアの文化的側面が一時的に停滞した時代であったことを思い出させる。

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ロシア・ボルガ河クルーズ(8):世界遺産の木造聖堂、キジー島

Cimg0208 船はオネガ湖に入り、フィンランドとの国境近くのキジー島を見学する。「ピョートル帝国と神の栄光」のモニュメントとして1714年に竣工されたプレオブラジェンスカヤ教会は釘を一本も使わずに建てられた本格的な木造建築である。それに隣接して同じく木造のボクロフスカヤ聖堂が1764年に建てられた。これらを核に、ロシアの古い木造建築が10前後集められており、島全体が野外博物館として観光客を魅了している。

ロシアの色彩豊かな聖堂の建物と違い、木造本来のシックでおちついた雰囲気をかもしだしている。屋根瓦もポプラ系の木材を葺いたもので、銀色の鱗のような光沢を見せている。

Cimg0221 ボクロフスカヤ聖堂内では賛美歌を歌う3人の男の人の歌声が建物と共鳴し、240年前の雰囲気を感じさせた。

なによりもすばらしいのは、昨日の人口の観光施設マンドローガと違い、伝統の宝庫であり、そのすばらしさを堪能できることである。みやげもの店も敷地内に1件、船の乗り場にテントもどきのみやげもの店が数件、これが本来の観光客が求めている観光地ではなかろうか。

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ロシア・ボルガ河クルーズ(7):商業テーマパーク、マンドローガ

Cimg0134 船はラドガ湖とオネガ湖を結ぶスヴィール川の湖畔にある小さな村、マンドローガに立ち寄った。ロシア建築を基調とした現代風デザインのしゃれた建物が並ぶテーマパークである。しゃれた建物は、ホテル、みやげもの店、レストランとして使われており、船会社とタイアップして乗船客をターゲットとした、いわゆるロシア商業主義のテスト的な試みと思われる。

各建物そのものはしゃれているが、みやげもの店を主体に構成され、売られているものはロシアの通常の価格からみると非常に高いもので、観光客相手の価格帯であろう。例えば、ピロシキ10ユーロ、ハーブティー5ユーロ、工芸品を中心としたみやげものは市価の2-3倍である。

Cimg0167 ロシアの商業主義の斬新な試みは評価できるが、価格付けを含めたマーケティングにいまひとつの工夫が必要のようである。

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ロシア・ボルガ河クルーズ(6):専制君主制が生んだエルミタージュ美術館

サンクト・ペテルブルクにあるエルミタージュ美術館を訪れた。ロシア最大、世界でも屈指の規模を誇る美術館である。コレクションの数は約270万点、ひとつの作品を1分ずつ鑑賞しても5年はかかる計算である。

1754年、ピョートル大帝の娘エリザベータによりエルミタージュの一画をなす冬の宮殿が建設され始め、エカテリーナ2世が西欧絵画225点を買い上げた1764年が美術館創設の年代とされる。その後、エカテリーナ2世が4000点以上の絵画を西欧から買い集めた。

古代エジプト文化から、中国、東洋、西洋文化に関する作品が集められているが、中でも壮観は14~18世紀の西ヨーロッパの巨匠たちの作品が数多く収集、展示されていることである。イタリア・ルネッサンス期の芸術画家ラファエロ、ミケランジェロ、レオナルドダビンチ、17世紀のオランダの巨匠レンブラント、フランス印象派やヨーロッパの巨匠セザンヌ、マチス、モネ、ルノアール、ゴッホ、ゴーギャン、ピカソ、エルグレコなどの作品が所狭しに展示されている。

レンブラントの大型作品だけでも2点、ゴッホは10数点、ピカソに至っては2部屋にびっしりと数十点が展示されており、巨匠ごとに美術館が単独で開設できる程のコレクション数である。いずれも日本ではお目にかかったことのない作品である。

Cimg0070 ピョートル大帝が帝政ロシアの西欧化を殖産興業によって推し進め、その娘エリザベータと孫息子の嫁エカテリーナ2世によって文化の西欧化が推し進められた。専制君主なるがゆえにこれほどの膨大な規模で文化の西欧化を推し進めることができたのであろう。しかしながら、文化の西欧化には国民の犠牲がともなっていたことも推察される。それがロシア革命の遠因といったら飛躍しすぎであろうか。

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ロシア・ボルガ河クルーズ(5):ピョートル大帝とサンクト・ペテルブルク

話は前後するが、出航前の2日間はサンクト・ペテルブルクの市内観光である。サンクト・ペテルブルクは人口500万人、ロシア第2の都市、緑の多いきれいな街である。ピョートル大帝の命により、スウェーデンからの侵入を防ぐため築かれた要塞から発展、1713年から1918年の約200年間、帝政ロシアの首都として栄えた。

この都市を起点に、ピョートル大帝は専制君主として近代化、すなわち西欧化を推し進めていった。大規模で豪華な宮殿の建設や貴族を中心とした西欧文化も輸入したが、彼の偉大なところは近代産業の導入であろう。

ヨーロッパ諸国へ250名の大使節団を送った。18ヶ月にわたっての長旅である。知識や技術を習得するために、造船所、船舶機械製造所、大砲鋳造所などに使節団は送り込まれた。

Cimg0027 守旧派の大貴族や高位聖職者などの抵抗にあったが、専制君主として、西欧化政策を実行に移していった。強権による内部改革である。これにより、帝政ロシアの近代化と工業化は急速に進んだ。民意に基づく合議制をモットーとする民主主義では、既得権者の抵抗勢力を排除し、急速かつ強引に改革をすすめることは難しいであろう。ある意味では、専制君主のなせる業である。

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ロシア・ボルガ河クルーズ(4):スターリンによる運河建設

ピョートル大帝の夢は、サンクトペテルブルクからモスクワを運河で結び、船で航行することであった。その夢をかなえたのがソビエト革命政権である。

Cimg0128_2 1932年、ソビエト工業化の一環として、スターリンにより大ボルガ計画は始まった。ボルガ川とシェクナツ川の間には巨大な貯水湖が造られた。これによって、700の村が水没したそうである。また、モスクワと結ぶモスクワ運河も建造される。この全長125km8つの水力発電所を有するモスクワ運河によって、モスクワをバルト海やカスピ海、黒海など5つの海と結んだ。

この運河建設には数多くの政治犯や服役囚が労働力としてかりだされ、過酷な労働を強いられ、数多くの犠牲者を出したそうである。ソビエト政権の暗い一面を垣間見た気がした。

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ロシア・ボルガ河クルーズ(3):悠久な時間が流れる悠久な大地

ボルガ河クルーズといっても、実際にはバルト運河、ボルガ河、モスクワ運河を結ぶ全長1,321kmの船旅である。カスピ海に流れ込む全長3,700kmのボルガ河の一部であるが、その雄大さに変わりはない。

Cimg0286_2 このクルーズのすばらしさは、一言でいって悠久さであろう。悠久な大地を悠久な時間がながれているようである。川や湖の両岸には一部の村々を除いてなにもない。ただ、ただ、森、森、森の連続した風景。山はもとより丘陵すらない平原と森の中を流れる大河のクルーズである。

天気がよければボートデッキやトップデッキから、雨が降ったり風が冷たければ船窓から眺める景色は、あくことを知らない。テレビも新聞もなく、日常の煩雑さから開放され、心が洗われ、人々の顔が柔和になっていく。まさに、クルーズの醍醐味である。

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ロシア・ボルガ河クルーズ(2):クルーズの参加者

クルーズの参加者はほぼ満員の200名強、国際色は豊かである。近場ということもあり、ドイツやオーストリアのドイツ語圏がいちばん多く80名前後、北アメリカ、オーストラリア、南アフリカ、インドの英語圏と続き、ロシア語圏からも若干の参加、その他メキシコ、などなどである。船内放送は英語、ドイツ語、日本語である。

日本からは3つのツアーグループが参加。40名弱といったところであろうか。全体の分の一と、ちょっとした勢力である。

Cimg0365 我がグループは13名。5カップル10名と一人参加3名である。年令も多彩で、90才代前半を筆頭に70才代後半、70才代前半、65才前後、60才前後と退職した年代、退職を間近にひかえた熟年の年代である。船旅と長期ということで、このように高い層にかたよった年令構成になったのであろう。

クルーズの経験も豊かである。ナイル川クルーズに2回も参加した人、今回のクルーズの後にエーゲ海クルーズに行く人、世界一周クルーズをした人、中国・山峡下りに参加した人、飛鳥で東京から日本沿岸を1-2泊でクルーズした人などなど、クルーズの達人ぞろいである。

旅に出ると人は若返るようである。90才代の男性も見た目は80歳代前半といったところである。みなさん脚力もあり、スリムな健康体である。世俗の憂さを忘れたような、おだやかで、文化的で、いい顔をしている。旅、しかも船旅のなせるわざであろう。

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ロシア・ボルガ河クルーズ(1):はじめに

目的地まで飛行機で行きクルーズを楽しむ、フライト・アンド・クルーズのビジネスとして有望な将来性については、ここでのブログ「フライト・アンド・クルーズの船旅ビジネス」で述べた。そのクルーズの楽しさが忘れられず、ボルガ河クルーズに参加した。1011日間(船中9)のリバークルーズである。

乗船する川船は「グルシュコフ(Glushkov)」、全長129.1m、巾16.7m4階建て、乗客定員244名、乗組員115名の規模である。

Cimg0168 成田からモスクワ経由でサンクト・ペテルブルクに飛び、グルシュコフに乗船、翌日より2日間の市内観光。その日(到着後3日目)の夕刻に出港、バルト海にそそぐネバ川、ヨーロッパ第一の湖ラドガ湖、スヴィール川、ロシア第二の湖オネガ湖、モスクワ運河などを経てモスクワに到着する、ボルガ・バルト運河の全長1,321km、標高差161.75m、水門17ヶ所の船旅である。

ロシアの地への訪問は初めてである。ロシア人や独特のロシア文字との接触も初めて、すべてが初めてづくしで、わくわく、どきどき、不安と期待が入り混じった高揚感がある。そんな船旅と途中下船観光で見たこと、聞いたこと、感じたことをビジネスやマーケティングの観点をまじえながら、数回にわたって散文的に述べてみる。

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サマータイム導入による経済効果およびワークライフ・バランスの改善

2010年からサマータイムを導入する法案が国会に提出されるとのことである。経済協力機構(OECD)加盟国で導入していないのが日本、韓国、アイスランドだけであることを考えると、日本の国際標準の遅れがいまさらながら感じられるが遅すぎることはない。この法案が成立すると省エネや経済波及効果、そしてワークライフのバランスの改善が見込まれる。

「サマータイムの導入は日本の名目国内総生産(GDP)117百億円押し上げる。屋外で活動できる時間が増えるため、娯楽・レジャー、外食・宿泊などで消費が増える見通しだ」「最大のメリットは省エネルギー・環境面での効果だ。明るいうちに仕事が終わるため照明をつける時間が減り、その分だけ省エネとなる。冷房の使用減にもつながる。」(日経新聞2008,05.30

30年程前の7月ごろ、初めて海外そして英国を訪問した。夜の10時ごろになっても外が明るいことに新鮮な驚きを感じた。緯度が高いだけでなく、サマータイム導入のおかげである。仕事から帰ってガーデニングにいそしむ人、家族そろって庭で食事を取る人、ゴルフを一ラウンド回る人、スポーツに興じる人、明るい屋外で歓談する人、外でビールを楽しむ人など、さまざまに人生を楽しんでいるようであった。仕事と人生のバランスが絶妙にとれているように感じた。

サマータイムの導入により、経済効果への期待はもちろんであるが、ワークライフ・バランスも改善されそうである。

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船場吉兆に見るブランド毀損と企業の解散

いちど毀損した企業の信頼とブランドイメージを回復することの難しさについてはここでのブログ「“白い恋人”にとっての危機マネージメント」でのべた。牛肉の産地偽装などが発覚した料亭、船場吉兆が廃業になると発表された。産地偽装に加えて、食べ残しの使い回しの発覚が原因とのことである。

「吉兆は1930年に創設され、船場吉兆は1991年にのれん分けする形で設立された。偽装発覚前の船場吉兆の売上は年間約143千万円、営業再開後の売上は例年並を記録したが。使い回しが発覚した5月以降は半減したという」(日経2008.05.29)

組織行動では“1+1>2”と言われている。これはチームワーク効果や企業の吸収合併でのシナジー効果などを比喩的に表している。「“1001=0”これは帝国ホテルのサービス教訓としている算式である。ホテルのサービスは、様々なセクションの従業員によるサービスがつながって成り立っている。その途中で1人の従業員がお客様の気分を害するようなことがあれば、サービスの連環は断ち切られ、ホテル全体の評価が地に落ちてしまう」「100年以上かけて築き上げてきたブランド価値も、たった10秒で失われてしまうことがある」(日経ビジネス2008.05.19)

マーケティング活動は企業とブランドへの信頼性を前提に行われ、安全や快適といった付加価値を生み出している。信頼構築は数年、数十年かけて行われるが、信頼の崩壊はまさに一瞬である。肝に銘じたいものである。

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インターネット通信はCO2排出量の拡大要因

画像や動画を中心とするコンテンツ利用の伸びが著しく、一般消費者のインターネットアクセス時間が急増していることは、ここでのブログ「インターネットのトップユーザーは一般消費者へ移行」で述べた。今、この動画コンテンツへのアクセスの急増がIT機器の電力消費を増やし、CO2排出量の拡大につながっているという。

「パソコンをはじめとするIT機器の消費量は2006年に国内の電力消費量の5%を占めた。2025年には国内の電力消費量の20%を占めると予測される」「IT機器の消費電力の半分近くを占めるのがデータセンターである。機器の電力消費のほか、熱を冷やす空調コストも大きく、データセンターの電力消費の4割になるという」(ファミリー経済:日経2008224)

「インターネットを流れる情報量は、200711月の1秒あたり813ギガと20049月に比べて約3倍に増えた」「経産省によると2025年には121ラテと2006年の190倍にも膨れ上がると予測している」「動画を配信するサービスがあいついでいるからである。動画配信の通信量は通常のホームページを閲覧する場合に比べて1時間あたり10倍以上になる」「ネット情報を処理するネットワーク機器の電力消費量は2025年には1033億キロワット時と、2006年の13倍に膨らむと予測する」(同上日経)

時代の最先端技術であるインターネットがCO2排出量の拡大の大きな要因のひとつになっているとは、なんとも皮肉なことである。インターネット利用の増大を抑えるのはむずかしいであろう。省エネハードウェアーの開発が一段と望まれる。

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樹齢1,500年の桜のロマン伝説と経済効果

4月の上旬、日本三大桜のひとつ尾根谷淡墨桜をめでてきた。岐阜県・大垣駅から樽見鉄道で約1時間、終点の樽見駅から徒歩15分、尾根川の流れる山あいの淡墨公園内にある。尾根谷淡墨桜はその巨木(高さ16.3m、幹囲目通り9.91m、枝張り東西26.9m、南北20.2)さはもちろんであるが、その残された伝説にも魅了される。

今から1,550余年の昔、皇位継承をめぐって市邊押盤皇子(いちのべおしはおうじ)が殺害された。その子供、弘計王(おけ王)(23代顕宗天皇)は迫害から身を守るため尾張一宮へ落ち延びた。そこで生まれたのが男大と王(おおとおう)(26代継体天皇)である。男大と王はさらに安全な場所で養育されるため、人里はなれた美濃の山奥である尾根谷に移された。その後、王は立派に成長し、都の招きで尾根谷を去ることになった。王は住民との別れを惜しみ、桜の苗木を植えた。これが今日の尾根谷淡墨桜である。

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花の見ごろは4月上旬から中旬で、一日8,000人近くが訪れるとわれている。桜に訪れる期間が15日間として、延べ12万人、一人あたり千円の消費として毎年1億2千万円の経済効果があるのではなかろうか。

継体天皇がお世話になったお礼として春になると毎年のように1億円強の富を地元にもたらす。富有柿や農産物の生産を主要とし、観光資源には乏しい当地にとって、まさにロマン伝説の賜物である。

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円高と日本企業

ここ数週間、為替の振れが激しい。しかしながら、円高に対する日本企業は免疫ができているようである。

「為替感応度は1ドル=70円台に突入した1995年から確実に小さくなっている」「95年には自動車業界は1円円高になると経常利益が5.3%減少していた。電機・精密業界では1.9%減少、製造業全体でも2.9%のマイナスだった」「2008年になるとその割合は大幅に縮小する。自動車では0.8%、電機・精密では0.6%、製造業全体では0.6%だ」(さらば円高恐怖症:日経ビジネス2008.03.24)

日本の貿易収支も企業内貿易収支を考慮すると円高のメリットが大きい可能性が高いようである。「日本が抱える巨額の貿易黒字は、ほとんどが製造業本社と海外子会社といった企業内貿易によるものである」「2005年には企業内の貿易黒字額(12.5兆円)が日本全体の貿易黒字額(9.5兆円)を上回っている。つまり、企業内貿易を除けば、日本は貿易赤字(3兆円)なのだ」「企業内貿易を除いた場合の貿易赤字は膨らむ傾向にあるので、輸入コストを減少させる効果を期待できる円高は、メリットが大きいはず」(同日経ビジネス)

円高推移した場合でも、内外市場ともに日本企業にとって活躍の余地が充分にあることがわかる。

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田沼意次は経済制度改革における真の旗手

山本周五郎著「栄華物語」を読んだ。江戸時代の田沼意次についての物語である。その昔に習った中学・高校時代の歴史の教科書によると、田沼意次は賄賂政治で有名で、徳川幕府における悪徳官僚の代表格だったような記述であった。山本周五郎はまったく違った観点から田沼意次を解析し、賄賂政治の汚れた側面は悪意でつくられた虚像であるとしている。内容を以下に抜粋する。

「田沼意次は幕府制度の経済的確立という仕事によって、大きく商人の手に偏っていた富の分配を武士の手に戻そうとした。絹物会所、金銀会所、貸金会所などの設置案は、幕府・諸大名・富商らの三者出資を土台とし、産業資本がのびてきてもこれに対応できるように幕府の機能を整えようとした。

しかしながら、幕府の権威のみをもって治世をするという復古調をとなえる、いわゆる保守勢力あるいは守旧派によって改革は挫折した。武士の面目にこだわる保守反動派の代表として尾・紀・水の徳川御三家があり、その意を受け松平定信が田沼失脚を画策した。

松平定信とその一派は、戯作戯文によって無根の事を捏造し、針小の事実を誇大に歪めた。それが世間に広まって事実の如く伝えられ、田沼意次に対する悪評を助長した。

正史で名君とされる松平定信は、田沼意次の悪政を正し、寛政の改革をおこなったとされるが、復古調と緊縮主義の将来するものは底が知れている」と一刀両断のもとに切りすてている。

歴史は時として時の権力者によって都合のよい解釈のもとに編纂され、後世に伝えられるものである。悪徳官僚の代表格とされる田沼意次の経済改革が実行されていたなら、徳川幕府もそれに連なる武士も経済的繁栄をもっと享受できたのではないだろうか。

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イラク戦争における米国政府の出費

イラク戦争が泥沼化している。この長引く戦争に米国政府はどのくらいの出費をしているのであろうか。米ビジネス誌「フォーチュン」の記事を抜粋する。

「過去5年間のイラク戦争での出費は累積で4,000億米ドル、年平均で800億米ドルである。年間出費の額は予想されたものと大差はないが、大きな予測違いは戦争の期間である。著者は2.5年で2,000億米ドルを予想していた」「他の戦争出費における比較では、1991年の湾岸戦争(クエート侵攻)ではGDP1%、現在価値で800億米ドルである。ベトナム戦争ではGDP1.5%から2%、現在価値で6,000億米ドルである」 (The Cost of War – Fortune 4 Feb. 2008)

「イラク戦争をせずにフセイン政権を存続させた場合の代替シナリオでは、イラクの近隣諸国に米軍を駐留せざるをえず、その予測される出兵はイラク戦争での半分から四分の三、費用は三分の一の規模であろう」(同上Fortune)

しかしながら、「イラク戦争での人的な損失では、4,000人の米兵が死亡、30,000人が負傷、イラク人の死亡は数万人規模である」(同上Fortune)

戦争における損害は、経済的な数字や人的損失の数字だけではとらえられない大きな社会問題である。

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シスコシステムズに見る企業買収戦略の成功

インターネットのルーター分野での最強メーカーとして名をはせた米国シスコシステムズは、今ではネットインフラ機器の総合メーカーとして世界をリードしている。ルーターをはじめとして、セキュリティー、無線LAN、スイッチ、IP電話、テレビ電話などで世界のネットインフラ市場でトップシェアーを占めている。このビジネス拡大の成功はシスコシステムズの柔軟な企業文化と企業買収が相互作用として機能したことによる。

「シスコがハイテク業界において得意とも言える変化への対応力をもっている」「ベンチャーを次々の買収し、新技術と人材を吸収してきた」「中核事業の大半は企業買収が基盤になっている」「これまで買収した企業の数は実に130社。毎年、10社程度の買収を続けている」(成長持続の研究:シスコシステムズ、日経ビジネス2008.3.17)

企業買収の大きな目的は、新しいビジネスや技術の習得に要する時間を金で買うことであるといわれている。しかしながら、買収した企業組織を自社組織に融合させることなしにノウハウや技術の移転はむずかしい。シスコはこの点をみごとにクリアーして、ネットインフラ分野におけるビジネスの多角化に成功している。

「買収したベンチャー企業の社員の定着率は約9割と高く、シスコの幹部を見ても買収先の企業の出身者が約4割を占める」「ハイテク分野の企業買収は大半が失敗に終わっていると言われる中で、シスコは約7割の買収を成功させている」(同上日経ビジネス)

ネット分野での成功企業としてマイクロソフトやグーグルがある。これらの企業も買収を積極的かつ継続的に行い、成長を続けている。「2004年からの買収企業数はマイクロソフトで27社、グーグルで33社」 (Fortune Feb.4, 2008)

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コカコーラに見る効果的な広告媒体

インターネットの普及によって、テレビや雑誌の媒体が様々な面で影響をうけている。企業はこのような広告媒体をどのようにとらえているのであろうか。コカコーラが効果的な広告媒体の実証テストをおこなっている。テストキャンペーンの9週間を2つに分け、前半と後半でまったく別の予算配分を試み、その費用対効果を検証している。

「前半では予算全体の4割を屋外広告に充て、テレビCM37%まで減らした。残りを交通機関での広告11%、ラジオCM5%、雑誌5%、オンライン広告2%と振り分けた」「後半では従来型のテレビ中心の予算配分にした。テレビCM73%、ラジオCM14%、雑誌広告11%、オンライン広告2%で、屋外広告と交通機関の広告は中止した」(ネット広告万能の死角-日経ビジネス2007.12.10)

テスト結果を要約すると「交通機関における“費用対効果”が最も高かった」「従来型予算配分の後半では、コカコーラを飲む頻度が変わった人はいずれの媒体でも皆無に近く、テレビCMで商品のイメージが向上したにとどまった」「愛飲者を生み出す最強の広告媒体はテレビでもインターネットや携帯電話でもなく、駅構内の壁に貼られたポスターといった交通機関における広告だったのである」(同上日経ビジネス)

この結果をふまえてコカコーラの広告媒体は「テレビCM がいぜんとして最も多いが、交通機関での広告と屋外広告の合計が2番目に多くなっている」「テレビCMが万能でなくなり、広告宣伝にもはや1つの絶対的な正解は存在しない」(同上日経ビジネス)

複数の広告媒体をバランスよく活用し、広告の最大効果を得ることは、マーケティングミックスの基本である。しかしながら、テレビCM万能の時代が終わりつつも、消費者行動を変えるほどの影響力はインターネットのオンライン広告ではまだ確認されていない。逆に、インターネット広告の対極にある従来型の屋外広告と交通機関広告の効果が再認識されている。

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エスエス製薬に見る集中と選択の経営戦略

集中と選択の経営戦略については、以前にここでのブログ「三洋電機の集中と選択の新経営戦略」でもとりあげた。今回はエスエス製薬の戦略を見る。

「エスエス製薬は2012年をめどに、取り扱う製品数を約250に半減させる。生産や研究開発の効率を引き上げるのが狙いで、併せて広告宣伝費は主力ブランドに集中させる」「販売中の約500製品を主力のコアブランド、それに次ぐサテライトブランド、その他の3つに分類し、その他に当たるものを段階的に生産中止にしていく計画だ」「扱いをやめる製品の売上高は全体の1割程度とみられる」「2005年には医療用医薬品事業を久光製薬に売却、大衆薬に事業を特化させることで効率改善を図ってきた」(日経2008.02.26)

驚くことに、「その他」は製品数の半数を占めるが、売上高の1割程度にしかならないことである。生産中止になって当然であるが、なかなかできないのが実情である。エスエス製薬は2001年にドイツ製薬会社の子会社になっており、外資系ならではの合理的な決断と言えるのではないだろうか。

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マイクロソフトの中国でのビジネス

マイクロソフトが中国で成功の兆しを見せている。2007年の売上は2004年に対し3倍増の見通しである。世界の売上のわずか1.5%にすぎないが、中国での成功に向けての地歩を固めていることは確かである。マーケティング戦略において、欧米をはじめとする先進国での手法が通用せず、中国に合わせた独自の手法を編み出していることが成功の要因である。以下に概略を紹介する。

「マネジメントとして経験の少ない人材を現地責任者に任命し、売上に力点を入れすぎた。その結果、売上は思うように増えなかった」「海賊版の普及で、マイクロソフト正規版を買う人は皆無に近かった」「過去5年間に5人のマネジャーが代わっている」「欧米流のやり方で、政府との協調の大切さに重きが置かれていなかった」「現地の助言に本社は聞く耳をもっていなかった」(How Microsoft Conquered China - Fortune 23 July 2007

これらの失敗の経験をふまえて、マイクロソフトは経営方針を大きく変更した。マイクロソフト海賊版の存在によって、Linuxなどの競合ソフトに一歩先んじることになるとし、海賊版をある程度容認する方向をうちだした。そして「学生向けパッケージ3ドルという低価格戦略により、海賊版の動機付けを減じる」「中国政府との良好な関係性を構築し、ウィン・ウィン(Win-Win)な状況を作り出す」(同上Fortune)などの方策を次々とうちだした。

これらが功を奏し、PC導入時にマイクロソフト正規版が徐々に採用されてきているようである。政府のサポートを得ながら、海賊版の存在意義を弱め、マイクロソフトのキャプティブな状況をつくりあげるというこの長期戦略は、他のソフト会社にとって参考になるであろう。

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タクシーに見る値上げによる減収

値上げによる売上増についてはここでのブログ「アクアラインに見る値下げ効果による売上増」で述べた。今回は値上げによる減収について、タクシーの例を取り上げる。

「東京地区は昨年123日から運賃を約7%上げた」「東旅協の会員35社を対象にした調査で、1月の一日一台あたりの営業収入は前年同期比2.1%減った」「35社の輸送回数(乗客を乗せて走った回数)は前年同期比8.5%減少」(日経2008.2.22)

7%の値上げで売上数量が8.5%減り、2.1%の減収となったしだいである。安易な値上げが増収どころか減収をもたらした。値上げにより、競合(代替交通機関)へ顧客がシフトしてしまった好例である。

しかしながら、全て一律に減収となったわけではない。「昼間の収入は値上げ前と変わらないが、午後10時以降の深夜帯が1割程度減った」「大手では1月に1%増、215日までで3%増になるなど堅調な例もあるが、中堅以下では総じて収入が伸び悩む状況が続いている」(同日経)

時間帯別や中堅以下での価格を含めたマーケティングの工夫が求められている。

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国内の二重価格

中国・桂林に観光したことは、ここでのブログ「桂林に見る中国の観光ビジネス」で述べた。その際に感じたことであるが、外国観光客向け価格と自国民の国内価格の二つが存在しているようである。例えば、桂林・リ江での川下りの船は外国人用と中国人用とに分けられており、当然のことながら価格、サービス、質も異なっている。ホテル、レストラン、その他もしかりである。

この国内二重価格の構造が日本国内のホテル業界で散見されるようになった。「平均客室料が6万円を超す外資系ホテルの相次ぐ進出で、2-3万円の国内の老舗高級ホテルはもはや価格面では最高級といえなくなってきた」「危機感を持った国内勢は同一ホテル内に二重価格を導入することで外国人を含む富裕層獲得に動く」「(最高級客室を設けることにより)狙い通りロシア、中国、フランスなど外国人客が7割を占める盛況となった」「一方で、全体の約6割の客室料金は2万円台を維持する」(日経2008.1.4)

かつて日本のホテルは客室料で世界の最高クラスといわれた時期がある。最近では、ニューヨーク、ロンドンをはじめとする世界の主要都市のホテルの客室料が高騰を見せ、円安と相まって、国際ビジネスマンの間では東京のホテルは格安といわれるようになった。

国際ビジネスマンが利用するホテルやサービスは国際価格に収斂するセグメント、国内消費者中心のものは購買力を反映した国内価格に収斂するセグメント、これらが同一のマーケット内に存在している。

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中国産食品への高い依存度

中国製冷凍ギョーザの中毒事件で、中国の特定メーカーの冷凍食品が日本国中のスーパーで広く販売されていることがわかった。さらには、全国の600を超える学校でもロールキャベツや豚肉類などで使用されているとのことである。この特定メーカーを含めて、調理済み冷凍食品の中国からの輸入は64%を占めるとのことである。

調理済み冷凍食品に限らず、中国産の食品全般への日本の依存度は非常に高いようである。「貿易統計などによると、2007年の輸入生鮮野菜の総トン数のうち中国産は65%、タマネギ、ネギ、ゴボウが目立つ。国内シェア(06)はそれぞれ17%16%30%だ」「冷凍野菜は45%が中国産。サトイモ、枝豆が多い」「乾物は中国産キクラゲが国内流通量の9割以上を占める」「水産物は2割が中国産。かばやきは国内の7割前後が中国産だ」(日経2008.2.5

食料品の輸入に限らず、特定の品目で特定な国への依存度が極端に高いことは、リスクヘッジの観点からも問題がある。

消費財や工業製品において、中国での賃金上昇や、その他のリスクが顕在化する中、中国からベトナム、タイ、その他の東南アジアの国々へと生産拠点が分散化しつつある。食品の輸入でも、遅かれ早かれ、他の国々へとリスクが分散されるものと思われる。

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アジア金融センターとしてのシンガポール

東南アジアのクルージングでシンガポールに宿泊し、半日観光したことは前回のブログで述べた。その時に見聞きしたことである。

シンガポールは東南アジアの貿易上の拠点として発展した都市国家であり、貿易や石油化学工業などが盛んである。政府はこれまで、外資系企業の地域統括拠点の誘致に取り組んできた。今では24時間空港を備え、多国籍企業にとってグローバルに展開できる製造ハブとなっている。


政府が力をいれているのは知的産業の振興である。実際に、IT産業や金融産業の伸びは著しく、金融ビジネスにおいてもアジアでの中心になりつつある。おどろくことに、日曜の夜には複数の一般TV局が週間金融市場のレビューを長時間にわたって報じていた。Cimg0009

社会的基盤も整っている。夫婦共稼ぎの比率は8割と高く、一家族の平均子供数は2人を切っている。当然のことながら、次世代を担う子弟の教育は熱心である。たばこやビールなどの嗜好品には、高率の贅沢税がかけられ、自らを律する社会規範が確立されているようである。なによりもの強みは、英語が第一言語である。マレーシアが隣接していることもあり、イスラム金融の伸びも著しい。

日本はアジアでの金融センターとしての東京を声高に叫んでいるようであるが、金融ビジネスにおける規制は依然残されており、外資系資本の逃避が見られる。シンガポールは、アジアでの金融センターの中心としての条件が東京より整っているように思われる。

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フライト・アンド・クルーズの船旅ビジネス

東南アジアをめぐるクルージングに参加した。成田からシンガポールへ飛び、翌日の半日観光の後に乗船、マレーシア・ペナン島、タイー・プーケット島をめぐる34日の船旅である。

船はアジア最大級の豪華客船「スーパースター・ヴァーゴ」、規模は76,800トン(飛鳥Ⅱの約2倍)、全長268メートル、乗客定員2,000名、バーやレストランは16ヶ所ある。ほぼ満員の乗客は42カ国と多彩で、国別ではシンガポールがトップ、インド、日本とつづき、この3カ国はいずれも200人台であった。船の国籍および出発港がシンガポールということもあり、シンガポールがトップなのはわかるとして、インド人が多いのにはちょっとした驚きである。大半の日本人はパックツアーの参加者で、合計4ヶ所からのツアー出発である。Cimg0030

デッキーレストランでの朝食、昼は到着地での観光、夜はセミ・カジュアルな服装でのディナー、そしてエンタテイメント・ショーを楽しみ、クルージングの醍醐味を満喫した。クルージングの初心者としては、34日はうってつけである。

このような飛行機で現地まで飛び、カリブ海や地中海、ハワイやオーストラリアなどでのクルーズを楽しみ、飛行機で帰るといった「フライト・アンド・クルーズ」の船旅が、中高年層を中心に増加傾向にあるという。日本人の余暇の過ごし方も、一味ちがったものになりつつある。なんといっても究極のクルーズは100日間の世界一周である。「フライト・アンド・クルーズ」はその第一歩といったところであろうか。

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吉野家の単品経営との惜別

牛丼の単品経営に特化していた吉野家が、M&Aにより他事業の店舗展開を積極的にすすめている。

主だったM&Aとして「京樽(持ち帰りすし)、石焼ビビンバ(韓国風ファーストフード)、はなまる(讃岐うどん)、上海エキスプレス(中華料理の宅配)、牛繁(焼肉)、ラーメン一番本部(低価格ラーメン)、どん(ステーキ)、」(日経2007.12.28)などがある。前者の2社を除き、いずれも2006年、2007年に買収が行われており、米国の牛肉の輸入が禁止された時期以降である。

米国牛肉の輸入が解禁になった今、吉野家は牛丼という単品経営の危機を脱したようであるが、長期的には単品経営の脆弱さはさけられない。ファーストフードをはじめとする外食産業は、消費者の嗜好のうつろいというリスクを内在している。リスク分散という観点からも、外食産業における事業の多角化はごく自然の選択ではなかろうか。

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三洋電機の集中と選択の新経営戦略

三洋電機は経営戦略において1-2年迷走していたが、最近発表した新3ヵ年計画でその方向性が明確になってきた。

最近うちだされた戦略はまさに集中と選択である。新3ヵ年計画では、二次電池事業やソーラー事業からなるエネルギー事業領域を成長の柱に据えている。「売上で50%増、売上に占める割合を、現在の21%から25%にひきあげる。投資は全体の51%をこの領域にあてる」(三洋電機第84期中間報告書)リチウムイオン電池では世界トップ、太陽電池事業は国内2位の地位を占め、技術競争力のある分野でさらなる強化を図る戦略である。ちなみに、競争力のないテレビや白物家電などの完成品事業は縮小、売却、撤退の方向である。

三洋電機では1-2年前の負債超過のおそれという財務危機に際し、創業家CEOが退陣し、新CEOを外部から招聘した。その時のCEOをはじめとする新経営陣は、経営理念、ミッションステートメントなどを経営の前面に押し出し、現場従業員とのコミュニケーションの活性化に力をそそいだ。このようなことは、経営が順調に推移している時に、組織を引き締める目的で通常は行われるものである。これを、経営の危機に瀕している三洋電機で行われたことに、違和感を当時覚えたものである。

違法配当などの不適切な会計処理があったとして、依然さわがしいが、集中と選択の経営戦略に方向を切り替えた三洋電機の今後の進捗を見守りたい。

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インターネットのトップユーザーは一般消費者へ移行

一般消費者のインターネットアクセス時間が急激に増加し、ビジネスや業務用のアクセスを凌駕する勢いである。特に、画像や動画を中心とするコンテンツ利用の伸びが著しい。

「シスコと米国オンライン出版協会(OPA)が発表した最近のレポートによると、インターネットアクセス時間の47%がコンテンツ閲覧、コミュニケーション33%、ショッピング15%、サーチエンジン利用5%となっている」「YouTubeやオンラインビデオなどの動画や画像データーの送信量では、米国インターネット全体に占める割合は2005年の7%から2007年の18%と増加しており、2011年には現在の送信料の10倍に達すると予想されている」「同レポートによると、消費者の送信量は全体の37%を占め、年率57%のいきおいで成長しており、ビジネス用データー送信量を超すのは時間の問題である」(Dawn of the Web Potato – Fortune Sep. 17, 2007)

リスクとリソースの分散化を目的として、軍事用から生まれたインターネットが、15年程前にビジネス用として使用され始め、またたく間にビジネスでの利用が主力になった。オンラインビデオやインターネットTVが家庭で見られるようになった今日、ビジネス用の使用が開始されて20年もたたずに、そのトップユーザーの座が一般消費者に移行しそうである。インターネットの潮流の大きな変化であろう。

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アップルの主力は依然コンピュータビジネス

今年の一月にアップルコンピュータは名前をアップルと変更した。iPhoneiPodのビジネスが好調でもあり、コンピュータの文字を取り去ったことで、その進むべき道が内外ともに明確であった。しかし、皮肉なことに最近マッキントッシュのビジネスが好調のようである。

「昨秋よりマッキントッシュの売上増加率はPC業界のそれを3倍ほど上回っており、米国PC市場占有率では5%の壁をやぶり、デルとHPにつぐ第3位に浮上した」「マッキントッシュの主要顧客は個人および出版、クリエイティブ産業であり、IT用途を中心とする一般企業や官公庁ではない」「小売やオンラインでの売上占有率は15%である」「マックビジネスは利益率が高く、売上増は高利益に直結する」(Apple’s Weapon – Fortune September 3. 2007)

PCがコモディティ化し、価格競争力による利益率の低下で、日本企業のPCビジネスからの撤退があいついでいる昨今である。特定セグメントに集中し、そこで主力の地位を確保し、高い利益率を維持することはマーケティングでのセグメント戦略の好事例である。

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低価格小型車が世界を席巻

新興国市場において、嗜好品を含めて低価格なコモディティ製品の需要が主流を占め、競争の軸は質から量に移行しつつあることを1-2回前のブログ「新興国の台頭による競争要因の変化」で述べた。車がその一例であることも述べたが、低価格小型車の新興国市場での競争が激化する様相である。

「仏ルノーは3,000ドルカーを2010年に生産・販売する計画であり、トヨタは7,000ドル前後の低価格車を2010年からインドで生産する計画である。独フォルクスワーゲンも6,000ユーロカー、インドのタタ自動車は3,000ドルカーを、韓国現代も3,000ドルの新車開発を進めている。いずれもBRICsを中心とする新興国がターゲットである。中国では民族系自動車メーカーが60万円を切る低価格車をイランやロシアに輸出を始めている」(日経2007.11.26)

新興国で実績と経験を積んだ後は、低価格小型車は日本、韓国、ヨーロッパなどのホームマーケットに逆輸出され、先進国市場での混乱が予測される。その後、実用本位の低価格車とファッションやステータス指向の高価格車の二極化に収束するのではないだろうか。

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アクアラインに見る値下げ効果による売上増

商品やサービスの質と量を変えずに価格を引き下げた場合、全体の売上増にどのように寄与するかはマーケティングでの一大関心事である。東京湾アクアラインの料金割引実験で利用促進効果が確認でき、通行料金を恒久的に引き下げることが決まった。その記事を紹介する。

「アクアラインでは8月、9月に朝6-9時、午後5-8時の時間帯のETC車の料金を引き下げる実験をしたところ、平均通行量は平日が18%、休日は22%増加した」(日経2007.11.10朝刊)

現行の料金2,320円を1,500円と値下げをした結果、(割引外時間帯を含めた)平均の通行量が平日は18%増加したと理解する。即ち、35.3%の値下げで全体の料金収入が現行以上を期待できるとすると、54.7%以上の通行量が確保できるものと実験で確認できたと推測できる。即ち、

1,500円x値下げ後の通行量>2,320円x値上げ前の通行量

値下げ後の通行量/値上げ前の通行量>2,320円/1,500円=1.547

この実験値で得た値下げと売上増との関係係数は、実用化段階でどのくらい修正されるか興味深い。アクアラインはこれまでも何回か値下げをしており、それにともなう売上との関係もあわせると、ひとつの係数曲線が描けそうである。

価格の最適化によって、収入そして収益の最大化が求められている。この最適化係数を商品/サービス特性ごとに求めることが、マーケティングの大きな課題のひとつであることはいうまでもない。

余談であるが、アクアラインの通行量の33%がこの割引時間帯に集中していることも推測できる。即ち、

全体の通行量x1.18(割引時間帯通行量x1.547+(割引時間外通行量x1.000

割引時間帯通行量/全体の通行量=(1.18-1.00)/(1.547-1.00)0.329

と推測できるが、いかがであろうか。

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新興国の台頭による競争要因の変化

中国、インドなどの新興国の台頭により、グローバル市場での競争要因が変化し、50-60年代に回帰しているようである。規格品の大量生産によるコモディティ(汎用)製品が低価格化を促進し、経済発展の原動力となった50-60年代は、資本集約産業を中心とする規模の経済が効果的に作用していた時代であった。その後、コモディティ製品の競争要因としての量と価格に品質が付加され、品質を武器とする日本製品が世界を席巻するようになった。そして、コモディティ製品のノン・コモディティ化(非汎用化)にともない、付加価値製品が先進国を中心に競争力の源泉となった。